極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 もしかして別れた後に私が連絡をすべて拒否して、番号まで変えたことを、気にしてる? だから直接来たの?

 衛士は涼しげな表情だ。大体の帰宅時間は知らされていたのかもしれないが、忙しい彼が私に会うためにここで待っていたんだ。

 あのときは傷ついた自分を守るために必死だったけれど、衛士なりに思うところがあったのかもしれない。

 そこで現状を思い出す。

「ごめん。あまり時間がないの。茉奈を保育園に迎えに行かないと」

 もうちょっとだけ話したい気持ちが湧き上がりそうになったが、それどころではなかった。慌てて足を反対方向に向ける。

「送ろうか?」

「大丈夫。近いし、車は逆に停めるのに時間がかかるから」

 彼の申し出に、私は顔だけ向けて答える。

「引き止めて悪かった」

「衛士」

 わずかに迷った末、ある程度彼から離れたところで私は改めて声をかけた。

「もし、もう少し時間があるなら……待っててくれる?」

 私の質問に彼は目を見張った。余計なことかもしれない。

「衛士さえよければ娘に」

「待ってる。未亜がかまわないなら」

 即答され、私は目を細めた。 

「うん、じゃぁ行ってくるね」

 さっさと背を向けて遅れそうな分を取り戻そうと駆け出す。どうして今、自分から茉奈と会うよう言いだしたのか。衛士とは必要以上に関わるつもりはなかったのに。

 でもどこか嬉しそうな彼の表情に、これでよかったんだと思う。自分の権利をもっと主張してもいいはずの彼がそれをしないのは、私を気遣っているからなのだと気づいたからだ。
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