極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
遣らずの雨に秘めていた本音
 日差しが眩しい七月最終週の土曜日、お昼前に衛士はアパートに迎えに来た。

「えーし!」

「茉奈、出迎えありがとう」

 茉奈はすっかり衛士に心を許していて、彼を見つけ玄関まで駆け寄っていく。手を上げて抱っこをせがむ茉奈を衛士はひょいっと抱き上げた。

 その光景は親子そのもので微笑ましいが、問題は呼び方だ。

 私が彼を名前で呼ぶのを真似てか、茉奈まで衛士を名前で呼んでしまっている。

 茉奈にとって〝お母さん〟や〝ママ〟は私と認識できているが、彼女にとって父親やお父さんという存在はほぼ無縁でいたのだから無理はないのかもしれない。

「茉奈、〝お父さん〟でしょ?」

 同じく玄関に歩を進めた私は茉奈を軽くたしなめた。そこで衛士と目が合う。

「……で、いいのかな?」

 急に自信がなくなり、彼に尋ねた。衛士は眉尻を下げて曖昧に微笑む。

「ああ。でも無理をさせなくていい。茉奈にとって俺は急に現れた男で、父親だって認識させるのは簡単じゃないだろうから」

 自分の娘なんだからと無理強いさせず、一歳とはいえ一人の人間として衛士が茉奈を扱ってくれているのを感じて心が温かくなる。

 正直、私自身だって衛士の存在をまだ完全に受け入れられたわけじゃない。だから茉奈に偉そうなことは言えない立場だ。けれど――。

「私、茉奈の前では衛士のこと〝お父さん〟って呼ぼうか?」

 歩み寄ることはできる。子どもに合わせて配偶者をお父さん、お母さんと呼ぶ家庭は多いし、衛士の気遣いに少しでも応えたくて提案した。
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