きみの笑顔は、季節外れの太陽のようで
見つめる先には
     *

手に持った一枚の紙が、ぐしゃりと音を立てる。
同時に、自分が必要以上の力で握っていたことに気づいた。

体育館へ向かう途中、足を止めて紙を見ると、手汗からか、親に記入してもらった夏休みの短期合宿への同意サインが滲んでしまっていた。


「うわ、忘れてもうた……」

今日が提出締切日の夏合宿の参加申込書を机の中に入れたままやと気付いたのは、体育館でウォーミングアップのストレッチをしている時やった。

キャプテンに相談し、ちょっとだけ呆れられながらも、すぐに教室へ取りに行くよう指示されて教室へ急ぐ。

早く部活へ戻らないと。
今日の練習メニュー、最初は何やったかな。

正直、入部前は「すぐにレギュラーに選ばれるやろ」と軽く考えていた。というか、どちらかというと、舐めていた。

中学三年生の時「U18 日本代表候補選手」に選出されて、日本代表強化合宿に参加した。

18歳以下のバスケットボール選手で構成される「U18 日本代表候補選手」は、18歳以下といえど、やはりほとんどが高校二、三年生で、あくまで”候補”やとしても、まさか中学三年生の自分が選出してもらえるとは全く思っていなかった。

「今回、呼んでもらえたぞ」

監督から伝えられた時は、喜びよりも驚きが勝った。

ただ、後からじわじわと、”楽しみ”という気持ちが溢れ出てきた。

自分とは比べものにならないほど圧倒的な実力を持った選手たちに囲まれて、一緒に練習が出来る。
テレビや雑誌で取り上げられたり、バスケをやっている同世代であれば誰でも知っているような有名な選手と一緒に練習が出来る。

こんな機会、もう二度と掴めへんかもしれへん。

とにかく、周りの選手の良いところは全部盗もう、と必死になった。

そして盗んだものを自分のものとして使いこなせるように、いつも以上に練習に真摯に向き合った。

「成長したな」

合宿が終わり帰ろうとした時、監督が個別に声をかけてくれたことがとても嬉しかった。

何よりも、学校に戻ってからすぐに行われた最初の他校との試合で、今までよりもずっと手応えのあるプレーをすることが出来て、自信に繋がった。

けれど高校のバスケットボール部では、思っていたよりもずっとハイレベルな戦いが繰り広げられていた。

元々強豪校で、実力のある選手ばかりが揃っている。その上、先輩たちは、自分よりも一、二年も多く練習を積んでいる。

「レギュラー、取れるかな……」

入学した時は自信満々だったのに、独りになった時、「そもそもベンチ入りすら出来るのだろうか」とふと考える機会が増えた。

今は一秒でも多く誰よりも練習したいし、少しでも質の良い練習をしたい。
だから少しでも部活を抜けたくなかった。

「はよ戻らないと」

早く戻ってウォーミングアップの続きをして、練習に合流しないと。

焦りから勢いよく教室のドアを開けると、全員が驚いたような表情で俺を見た。
――たった1人を除いて。

そいつは、俺の存在に全く気づいていないようで、穏やかな笑みを浮かべながら窓の外を見ていた。

気になった。

だってあれほど、穏やかで温かくて柔らかい笑顔なんて、きっと見たことが無かったから。

少なくとも、自分には向けられたことがなかったから。

早く戻らないとと思いつつ、後ろに立って、そいつの視線の先を探す。


そして気づいた。そういうことか、と。

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