「お前、余裕なさすぎだろう」


血を分けた兄が背後からクックッと声を漏らす。

沙也が出て行ったばかりのリビングのドアをじっと見つめていた俺は振り返る。


「身重の妻を心配してなにが悪い。そもそもなんでいきなり帰国したんだよ」


「仕事だ。俺が直接契約する必要があったからに決まってるだろ」


「いつも俺か親父に任せているくせにか?」


「兄として大事な弟の伴侶に挨拶するのは当たり前だろ?」


ニッと口角を上げる兄は、なぜかとても楽しそうだ。

ずっと交渉を続けていた相手との商談が正念場だったため、急遽帰国したのは理解できる。

だが、親父に任せるのも可能だったのに敢えて帰国したのは、間違いなく俺と沙也に会うためだろう。


「露骨に嫌そうな顔をするなよ。沙也さんとの結婚に異議を唱えに来たわけでもないのに」


「当たり前だ」


「誰にも本気にならず、いつまでも身を固めなかった弟がやっと運命の相手に出会ったんだ。きちんと挨拶したいと思うのが兄心だろ?」


「画面上で会ってただろ」


「あのな、実際に会うのとは印象が違うだろ」


呆れたようにそう言って、兄は料理を手早く食卓に並べていく。

育児と家事に忙しい妻を日々手伝っているせいもあり、兄の手際はとても良い。