甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
自分の気持ちを落ち着けるのに気を取られていた俺は、沙也が戻ってきたのがわからなかった。

兄との会話がひと段落してやっと、異変に気づいた。


「……沙也の帰りが遅すぎる」


「ああ、俺もそう思っていた」


沙也が部屋を出て、ずいぶんな時間がすぎている。

階下に降りて郵便物を取るだけで、それほど時間がかかるとは思えない。


もしやなにかあった?


最悪の事態を予想して、すぐに沙也に電話をかけるが繋がらない。


「様子を見てくる!」


「待て、郁。俺も行く!」


兄が背後で叫んでいたが、構っている余裕はなかった。

スマートフォンを握りしめ、自宅を飛び出した。

嫌な予感に鼓動がうるさいくらいに耳に響く。

エレベーターがやってくる時間が永遠にも感じられた。

やっと来たエレベーターに飛び乗り、階下に向かう間何度も電話をかけるが、まったく繋がらない。

通話をタップする指が僅かに震える。


沙也……!


なにがあった?


誰かと立ち話をしているだけ、電源がうっかり切れてしまっているだけならそれで構わない。


万が一お前になにかあったら、俺は自分を許せない。


沙也がいない人生なんてもう考えられないんだ。


頼むから、無事でいてくれ。
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