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 王都は、静寂に包まれていた。
 すべての家の、ドアと窓は閉め切られ、外を出歩く人影もない。

 王都まで、侵入を許してしまった百年前は、多くの家が燃えて、甚大な被害が出たという。

 公爵家の馬車で送ると、執事のジェイルは言ってくれたが、エレナはやんわりと断り、魔術師ギルドの制服に着替え、髪を魔法の紐で縛り、丸い眼鏡をかけた。

 鏡に映っていたのは、見慣れたくすんだ水色の髪と、グレーがかった瞳をした、いつもの受付嬢エレナだった。

 そのまま、レイの屋敷を飛び出してエレナは走った。


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 魔術師ギルドは、すでに多くの魔術師で溢れかえっていた。王立騎士団は、すでに先発隊が出立したという。本隊も出立の準備が整い次第、出撃するらしい。

 だが、ギルドへの出撃命令はまだ下っていなかった。

(いくら、直属の王立騎士団が先なのだとしても、魔術師ギルドに命令が降りていないのは不自然ね)

 そう考えるのは、エレナだけではないらしい。
 どの魔術師も、どこか苛立たしげに王命が降りるのを待っていた。

「アーノルドさんっ!」
「エレナ、珍しく遅かったな? 家にいたのではないのか?」
「ええ、用事があって。ところで、出撃命令は」
「……出ていない。物理耐性の高い魔物は、魔術師ギルドに先に命令が降りるのが通例だが」

 ドクドクと、心臓の中を粘りのある液体が、通り過ぎていく。エレナの心臓は音を立てて、それを送り出す。

「魔法薬や、魔道具支援に関する要請は」
「……全くない」

 レイは、エレナに危険なことをするなど言った。
 でも、このままでは、王立騎士団はまともに戦うことすらできない。