カウンターを簡単に飛び越え、次の瞬間にはエレナの目の前に、その騎士が立っていた。
 どちらかと言えば、背の小さいエレナを、にらみつける騎士は殺気立っている。

 それでも、魔術師ギルドの職員をしていれば、それなりに荒事にだって出会う。エレナは、きょとんとスミレ色の瞳を見開いただけだった。

「えーと、あの、解毒の魔法薬ですか? たった今、完成したばかりなので、まだ計量と瓶詰め作業が終わってないのですが……」
「なんでもいいから、早く売ってくれ! そうだ、計量作業は、騎士団でしてくれればいい。あんたも来てくれ」
「えっ、えっ……。ひえぇ?!」

 エレナが持っていた魔法薬の詰まった大瓶を、ひったくるように掴むと、その騎士は荷物のようにエレナを担ぎ上げる。

 誰がどう見ても、魔法ギルドの職員を、王立騎士団の騎士が連れ去る構図の完成だ。

(ど……どうしよう。このままでは、魔法ギルドと王立騎士団の全面戦争の火種になってしまう!)

「待ってください! 一緒に行きますから、一、二分だけ時間をください!」

 必死にお願いすれば、露骨に眉間にしわを寄せたけれど、騎士は、エレナをおろしてくれた。
 
 まず、最初にエレナは、目深にフードを被って、目立ちすぎる髪と瞳を隠した。
 認識阻害の魔法が込められているフードを被れば、一般の市民には、エレナが魔術師ギルドの職員だと気が付かれることはないだろう。

 エレナはそのまま、カウンターに近づくと、自分の名前の横の札を、赤字で書かれた緊急案件対応中にする。この札は、正式な依頼を受けて、ギルド職員が有事の際に対応するときのものだ。

「さ、これで、双方合意のもとに、騎士団に魔法薬を届けることができますから」

 にっこりと笑いかけたエレナの笑顔は、フードのせいで口元しか見えていなかっただろう。

 一瞬、その騎士はあっけにとられたような表情をした。そして、八重歯をのぞかせて「フハッ」と豪快に笑った後、「真面目だな、あんた」と言って今度は、丁寧なしぐさでエレナを横抱きにした。

 笑った瞬間、妙に人懐っこく見えるようになった騎士を、見つめながら「逆に目立ってしまうのでは?」という言葉を伝えそびれたまま、風のように走り出したその首元に、エレナは縋り付くしかなかった。