そもそもレイは、予言の通りなら、狼の姿を見た乙女と結ばれなければ、あとがないのだ。

 その瞬間、ピシリとレイの耳に嵌め込まれたピアスにヒビが入る。

「エレナ?」

 行かなくては。どうして、彼女はこんなにも短期間に何度も危機に陥る。それでもレイは、全ての感情を覆い隠して微笑んだ。

 その微笑みに魅入られ、会場は音を無くす。
 エレナを失えば、きっとレイは、どちらにしても生きていられない。

 正直に認めろ。それが答えなのだろう。

「心に決めた方がおります。彼女との婚姻をお許し頂きたいです」

 その直後、静まり返った会場は、喧騒に包まれた。公爵家長男は、頑なに婚約を拒んできた。恋人がいると言う噂すらなかった。

「……許そう」

 後戻りはできない。エレナも巻き込む。
 それでも、今すぐに行かなくては。

「願わくば、早速、愛しき人に赦しが得られたことを伝えたく。……退席させていただけますか?」
「そうか、許す。早く行くが良い」
「御心に感謝いたします」

 おそらく、聡明な義理の兄は、レイが置かれた状況を把握したのだろう。レイを解放するという、選択をしたようだ。

 長年、王家すら凌駕する勢いで成長してきた派閥の混乱と解体は、義理兄にとって、都合が良いことなのかもしれない。

 そんな思惑を知りながらも、許しが得られたのなら、レイが向かう場所は一つしかない。

 会場を通り抜けた瞬間に、レイは走り出す。
 この時ばかりは、自分が魔術師でないことに、苛立ちを覚えた。

「エレナ!」

 狼の姿を見てしまった乙女であるエレナを得られなければ、死を迎えるしかないというのが、レイの予言に定められた運命。

 真実の愛があるのだと、知ってしまった今、その運命に飛び込むことに、ほんの少しのためらいも、レイにはなかった。

 人間の足では、出ない速度を求めて、その姿は銀の狼へと変わる。

 銀色に輝く流れ星のように、レイは暗くなり始めた王都を、ただ駆け抜けていった。