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腕の痛みが治って、暖かな窓辺と穏やかな午睡。
(あの日から、いつも、いつも、気を張って生きてきた)
村の屋根を高く焦がして、夜の闇を消し去る炎。
逃げ惑う村人と、弟の手を引いて逃れるエレナ。
「……シリル」
ポロリと溢れた涙は、逃れてきた王都で、小鳥の声が聞こえないと嘆いた小さな弟のためだった。
あの時のエレナは、まだ幼くて弟を救うことが出来なかった。
「珍しい。髪だけでなく瞳もか。よく今まで生き延びてきたものだ。……俺と来るか?」
月も出ないあの夜、フードを被って、誰もいない路地にしゃがみ込んでいたエレナの目の前に現れたのは、嘴の尖った白い骸骨みたいな怪しげな仮面をつけ、真っ黒なローブに身を包んだ人だった。
黒い皮の手袋に覆われた手を差し伸べながら、「仮面も手袋も外せなくてすまない。朝になったらきちんと身分を明かそう。さあ、おいで。祝福を受けた子」と、その人は、たぶん仮面の下で微笑んだ。
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「エレナッ!」
短く荒い息遣い。
薄く、涙に濡れた瞳を開けると、銀色の狼が目の前にいた。
「レイ様……」
「無事でっ!」
「わぷっ!?」
久しぶりに会えた飼い主に、感極まって突撃してきた愛犬のような勢いで、半身を起こしたエレナの胸に狼姿のレイは飛び込んできた。
まるで、あの暗い路地で、何もかも失った絶望の中、しゃがみこんでいた瞬間から、急に光があふれる幸せな空間に投げ込まれたみたいに、まぶしさにエレナは目を細めた。
「レイ様……。あの、どうしてここに」
「エレナが、危機に陥っていると思ったから。駆けてきた」
「その姿で、ですか?」
「――――このほうが、速い」
恐る恐る、エレナはレイの太い首に腕を絡めた。
エレナよりも、はるかに高い体温に、怖い夢を見た直後の子どもみたいに、縋り付いた。
「――――レイ様、怪我してないですか? ……すごく、会いたかったです」
「俺も……俺もだ。さっきだって、目が合った瞬間、階段を駆け上がって、抱きしめたい衝動を抑えるのに苦労した」
あの時、目が合って微笑まれた気がしたのは、気のせいではなかったのだ。
エレナは、途端に羞恥を感じて、レイの体から離れようと腕の力を緩める。