イノセント・ハンド
第1章. プロローグ
小雨の降る肌寒い冬の東京。

広いフロアのあちこちで、静かに小さな台を取り囲む人々。


『本日はご愁傷様でございます。どうぞ、安らかな眠りをお祈りしながら、皆様の手で、お骨をお収めくださいませ。』

黒服の係員が丁寧に言葉をかける。


『お父さん、ヒメ・・・こんなに小さくなっちゃって。』

『そうだな・・・。凛花、さぁいっしょ連れて帰ってやろう。』

『ええ。』

涙が頬を伝う。

『熱かったよね。ごめんね。今までありがとう。今夜はずっと一緒にいてあげるからね。帰ろう。』

ヒメはこの家族の愛ネコであり、老衰で幸せな生涯を終えたのであった。

ゆっくりと、一つ一つ、小さな骨を小さな骨壷へと収めていく。

少し離れた隣でも、そのまた隣でも同じ様な光景が繰り広げられていた。


ここは東京郊外にあるペット専門の火葬場である。

その一番端での出来事。


父親に抱かれた少女は、箸を持ってたたずむ母親を見つめている。

目の前の扉が開かれ、まだ少し暖かい台が引き出された。


『それでは皆様・・・(あれ?)』

声を掛けようとした係員が戸惑う。

通常、小型の犬やネコなどの場合は、頭部や胸の肋骨、腰骨などの大きな骨が残る。

台の上には、この家族の愛犬の骨が、綺麗に並んでいるはずであった・・・が。

『こ・・・こんな・・・? どういうことなの!!あのコはどこへいったのよ!!』

母親の大声が、静かなホールに響き渡った。

『す・・・すいません。こんなはずじゃ・・・』

慌てふためく係員。

台の上には、頭部の骨がわずかに残っているだけで、他はほとんど灰になっていたのである。
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