イノセント・ハンド
第6章. 誘拐
着任一週目は、あっと言うまに過ぎた。

クリスマスを過ぎた街は、午後になって人も車も増え、賑やかな年末モードを漂わせている。


オフの午後。

紗夜は宮本を待っていた。

大人の町から、若者の町に生まれ変わった銀座。

新しく出来たショッピングモールの入り口。

(た・す・け・て)

その声は、突然紗夜の頭に届いた。

ボーっと待っていた紗夜は、少女のその声に振り向く。

モールから出てきた少女は、わき目も振らず、駆けた。

そこへ通りかかった自転車がぶつかりそうになる。

『キキー!』

『キャッ!』

驚いた少女は、バランスを崩して紗夜の目の前で転んだ。



~モールの中~

『今、おもちゃ売り場だ。大丈夫、予定通り、お前は1時間後に警察へ電話を掛けろ。』

30代半ばの男。

耳を覆った長髪が似合っていない。


『あれ?有香、どこだい?』

見渡してもその姿は無かった。

『クソ!』

その時。

『パパ。ここよ。』

奥の棚の影から、少女が顔を出す。

『有香っ!迷子になったかと思ったじゃないか!』



~モール前~


『おい、大丈夫か?』

遅れて来た宮本が、紗夜の前で転んだ少女を抱き起こす。

『ジュンさん。』

『ごめんごめん。遅くなって。この子知ってる子?』

『いえ、違います。』

『そうか、まるで、紗夜さんへ駆けていたみたいだったから・・・。迷子かな?』

起き上がった少女は、紗夜のコートを掴んで、うつむいていた。

(た・す・け・て)

(あなたなの?)

しゃがんだ紗夜のサングラスと、少女の目が合う。

『サヤさん。これ落ちましたよ。変わった携帯ですね。』

手の平サイズの携帯の様なものを拾って渡す。

『あ、いいえ。アメリカで使っていたGPS発信機です。盲目では、捜査中に自分の居場所を教えられませんので。』

『ふ~ん。あーあ、この子、膝を擦りむいてるよ。あれ?こっちにも。よく転ぶんだな。おてんばさんかな。』

少女の足には無数の傷があった。

紗夜が少女の足に触れる。

(っ!!)

こらえ様のない痛みが、紗夜の胸を締めつけた。

(・・・ひどい・・・)

『とりあえず、モールの迷子センターへ届けましょうか。』

『いいえ。この子は、署で預かります。』

『はぁ?でも・・・』

宮本の声を聞くまでもなく、紗夜は、タクシーを止めていた。
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