イノセント・ハンド
第8章. 偽装
~その夜~

犯人を撃った銃弾は即効性の麻酔弾であり、彼の回復を待って、夕方から取調べが開始されていた。


『あれ~、もう着替えたんですか?すごく綺麗だったのに。』


ドレスからいつもの服装に着替えた紗夜が署に戻ってきた。

『ジュンさん。そっちはどう?』

そんな話題には一切触れない彼女。

『やっと見つけましたよ。見ますか?と言っても・・・』

『見ます。と言っても・・・画像を説明してください。』


パソコンに新宿駅の画像が流れる。

『ここからです。ほら、この人。あっ…(見えないか)』

ホームに並ぶ人の列の先端。

宮本が指差したところに、女の頭があった。

『まだそんな自殺を調べてたのか?』

富士本と咲が戻ってきた。

『課長も見てください。やっぱり変なんです。』


ホームに電車到着のアナウンスが流れる。

その時、恐らくは電車到着の十数秒前。

突然女が線路に落ちた。

立ち上がった女は、叫びながらホームへ戻ろうとする。

『たすけて。ですね、この口は。』

宮本が、女の顔をズームアップして言う。

周りの客が助けようと手を伸ばす。

『ここからです。よく見てください。』

アップした女の顔が、見る見る恐怖にゆがむ。目がこぼれんばかりに見開かれ、何かを叫ぶ。

『だれだ。くるな。そう言っている様です。あれ、待ってくださいよ。』

宮本が、スローでもう一度再生する。

『最後に、おまえは・・・?ですかね、そう言っている様です。』

『この時ホームにいた人達の調べは?』

富士本が聞く。

『はい。全員調べましたが、この女性との接点は全くありません。え~と、それから、これ。』

宮本が別の角度の映像を出す。

電車を正面斜め上から見るアングルである。

少女の姿も見えた。

『この時点では、問題の母親の左手は胸の辺りにあります。』

手を胸に、電車の来る方を見ている母親。

遠くに、電車の光が見えてくる。

母親の視線が、娘に移る。

『よ~く見てくださいよ。』

画像がズームアップする。

『そんな!』

咲と富士本が同時に声を出した。
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