イノセント・ハンド
第3章. 盲目の刑事
~17年後~

<メトロの新宿駅>

師走の朝7:47。

通勤ラッシュの構内は、別の路線の事故のため、いつもに増しての大混雑であった。

その片隅。

柱の影に隠れるようにして、小さな女の子が小声で泣いている。

その前に、黒いサングラスをした一人の女性が立ち止まった。

『どうしたの?』

彼女はしゃがんで、持っていたスティックを床に置く。

『大丈夫だよ。もう泣かないで。』

女の子は不思議そうな目で、サングラスに写る自分の顔を見つめた。

『どうかしましたか?』

不審に思った駅員が話しかける。

『迷子の様です。駅の補導員を呼んでもらえますか?私は・・・』

彼女はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出し、駅員に見せた。

『わ、分かりました。』

驚く駅員。

『お嬢ちゃん。もう大丈夫だからね。すぐにお母さんか、お父さんを見つけてあげるから。』

駅員の言葉に、女の子が後ろに下がる。

それを感じ取った彼女が、首を傾ける。

『あらら、お嬢ちゃん靴下が裏っ返しだね。では、少しここで待っていてください。すぐに呼んで来ますので。』

そう言って、駅員は事務所へと走って行く。

『こっちへおいで、靴下を直してあげる。』

差し出した黒い手袋の指先に、女の子がゆっくり小さな手を伸ばした。

『ほら、私の肩につかまって。』

その手を自分の肩に導き、女の子の片足の靴と、ハイソックスを脱がす。

(・・・・!)

女の子の足に触れた彼女の動作が一瞬凍りつく。

『これは・・・』

サングラスが女の子の顔を見つめる。


(た・す・け・て)

彼女の胸が「ズキン」と痛んだ。


『さむい。』

女の子の声に、我に返った彼女。

『あっ、ごめんごめん。はい、これで良し。』

靴下を履かせ終えた時、彼女の背後から声が響いた。
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