青に染まる
 この人も結婚したのか。変わってしまったんだ、ということがひどく悲しい。しかし春さんが語ったのは、少しばかり予想と違った。

従姉妹(いとこ)の子どもが今年、あの学校に入学予定なんだ。入試まだだけどな」

 春さんは言って、くすっと笑った。こちらを窺うようにその黒い瞳が向けられる。

「何、想像した?」
「えっ、あ、いや」

 その悪戯っぽい笑みに、しまったと思う。なんだか()められたような気がする。

 彼女が結婚したと思い込んでいた。春さんの子どもがこの制服を着るのだと。いや、まだ結婚していないと決まったわけではないが──。彼女は固まったおれを見て嬉しそうに笑い、ひらひらと手を振る。

「というわけで安心しな。あたしは今でもフリーだよ」
「はい?」

 フリー、というのは独身という意味だ。三十五で未だに独身。……どこかで聞いたような話だ。それをおれに教えるのは何故なのか、深くは考えないことにした。

「三十路女が何やってんすか」
「あ、ひどいぞ」

 悪態を吐くがあまり効いていない。春さんは笑ったままだ。

「ちなみに夏帆は西園(にしぞの)と幸せにやってるよ」
「それは何より」
「ゆきは不倫されて離婚。晴れてバツイチになったそうだ」
「それはどうでもいいです」
「そうかい」

 十七年前のあの人たちのその後は気になっていたが、もうあの人たちはおれにも兄貴にも関わることはないだろうと思っていた。だから、おれも無理に調べることはしなかった。

 けれどこの人が今日ここに現れたのは、果たして偶然なのだろうか。あいつもこの辺りをうろちょろしていたようだし……。

 いや、春さん自身は白崎の野郎とはあまり関係がない。白崎と関わりが深いのは、彼女が口にした人物の一人「ゆき」というやつだ。

 そう、あの時代を語るにはもう一人欠かせない役者がいた。おれはその人物を好いてはいない。
< 61 / 85 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop