協道結婚
【2】ハッピー不動産
階段を駆け上がるヒールの音。

事務所にいた二人が耳栓をつける。

ドアがひらく。

「重・役・出・勤ご苦労様ぁ!」

予想通りの第一声が、ハッピー不動産の小さな事務所に響き渡る。

部長の砂辺謙一(すなべけんいち)である。

「す、すみません。色々と事情が…」

「事情〜は、誰でもあるよね〜、静華ちゃん」

また長いお説教が始まる。
(はぁ…今朝からため息ばかりの気がする)

と、諦めていたが、その日の部長は違った。

「まぁ、無事ならいい。だが、連絡だけはしろ。いいな!」

キョトンと立ち尽くす私。

「何ぼさぁ〜ッと立ってる。さぁみんな、今月もノルマ目指して気合い入れていけ!」

「ハイ!」三人の声が揃う。

席につく。

隣の先輩がそっと寄ってくる。

「部長、ああ見えて、心配してたのよ。ずいぶん前に、部下が通勤中に事故にあってね。」

「そうなんですか。私はろくに営業成績出せてないし、怒られてばかりで…」

「静華さんは、商談になると言わなくてもいいことまで喋るからね。真面目過ぎなんだよ」

向かいの席から、2年先輩の篠原が呟く。

社内での愛想は悪いが、頭の切れは鋭く、元ホストの人脈を生かして、高級住宅などを上手くさばいていた。

お客様の前では天使の様な笑顔らしい。
(想像ムリ…と言うより、想像したくない)

「静華の6月のノルマ達成しといたから。」

「えっ!全然ダメだったのに…」

「部長も意地悪よね〜。難しい物件ばかり静華に押しつけて。売れるとも思ってないのよ。だからたまには、って私が一つ何とかしといたわ」

美夜の売り上げは、ダントツであった。

「静華の教育担当だからね。気にしないで!」

「ありがとうございます。」

と言いつつも、いつか部長の鼻をあかしてやりたいと、私は大きな物件に取り掛かっていた。

今日もその物件を調べるうちに1日が過ぎた。

定時のチャイムが鳴る。

と同時に、美夜が席を立つ。

「じゃ、部長、お先で〜す。」

「おう、よろしく!」

静華はずっとこの会話を変に思っていた。

「篠原さん。普通は、お疲れ〜!とかですよね?」

「あ、静華さんは知らないんだ。美夜さんの仕事は夜が本番なんですよ。」

美しいプロポーションと、膝上20のミニ。
つい変な妄想が…

「ま、あまり関わらない方がいいよ。では、お疲れ様で〜す。」

「あ、私も帰ります。疲れ様でございます」

「おう、気をつけてけぇんな!寄り道するんじゃないぞ」

子供かよっ!
とは思いつつ、部長の優しさなんだと思えるようになった。

事務所のドアを閉めた時、携帯に着信。

(あっ、今朝の誠…さん)

深呼吸して出る。

「早く降りといでよ」

「はぁ?」

階段を降りると、目の前に白いオープンカーが止まっていた。

「早く、乗って!」

とりあえず乗る。

「盗撮の次はストーカーですか?!」

「フッ」と微笑んで車が走り出した。

イケメンが微笑む横顔は…やっぱりヤバい。

それを、社長室から見ていた社長。

(これは、これは、面白い。さてさて…)
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