sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜

2.ひとりじゃない

「メシ、何がいい?」


運転席から、前を向いたまま尋ねられた。


「うーん、左手が使えないから・・・カレーがいいかな。お皿、持ち上げなくていいし」

「オーケー」


10分ほど車を走らせて、チェーンのカレーショップに入った。
ふたりとも注文を済ませた後で、友哉さんから話を切り出した。


「明日から、仕事どうする? いや、それより今夜からどうするんだ? 右手が使えるとはいえ、着替えも満足にできないぞ」

「そう・・・だよね。どうしようかな」


まともに向かい合って話すのが初めてなこともあり、思わず視線を窓の外に向けた。


「結構注文あるのか?」

「うん・・・焼き菓子の注文がそれなりにあって」

「断れそう?」

「・・・断りたくないけど・・・この手じゃ、生地を混ぜる時にボウルを固定することも、オーブンに鉄板を入れることもできない」


何もできない自分に、涙が出そうになった。


「電話で事情を話して、キャンセルさせてもらうしかないよね」

「そうだな」

「だけど・・・」

「何だ?」

「楽しみにしてくれている人たちに、本当に申し訳ない」


私の不注意で・・・悔しい。
情けない上に悔しくて、せき止めていた涙がこぼれた。


「泣くなよ・・・」


俺が泣かせたと思われるだろう、とでも言うのだろうか。


「おまえ、何も悪くないだろ」

「え?」

「放っておいたら、間違いなく火事になってた。火傷は想定外かもしれないけど、よくコンセントからプラグ外したと思うよ」

「褒めてるの?」

「褒めてる」

「・・・本当は怖かった、すごく」

「そうだよな」

「だから、あの時」


続きを言おうとした私の横に、人影ができた。
カレーが運ばれてきたのだ。


「ひとまず、食うか」

「うん」


言いそびれた。
食べているうちに、続きの言葉を忘れてしまった。


「俺が・・・手伝ってやろうか?」

「ん? 何を?」

「おまえの仕事」

「え?」

「左手の代わり」


本気なの?

そういえば、私この人の名前しか知らない。
おそらく歳上で、あの介護施設に家族か知り合いがいて・・・その程度だ。


「あの・・・友哉さんて何者ですか?」


アハハハ、と声を上げて笑っている。


「そうか、俺、謎だよな。とてもサラリーマンには見えないだろうし」

「はい」

「今、たまたま休みなんだ。普段はちゃんと仕事してるんだけど・・・」


何か、言いたくない理由があるんだろうな。
そうだとしたら、無理に聞き出すこともない。


「友哉さんが何者でも、本当に感謝してます」


放っておいたら、もっと火傷がひどくなっていたかもしれない。
電源のブレーカーを落とすことに気付かず、火事になっていたかもしれない。

考えるとゾッとする。
でも、これ以上何の関わりも無い私が、迷惑を掛け続けるわけにはいかない。

支払いを済ませて店を出たところで、私は友哉さんに伝えた。


「仕事と生活は、ひとりでどうにかします。自分の問題だから・・・」


そう言って、車の助手席のドアを開けようと右手を掛けた時、後ろから友哉さんの腕が伸びてきて、私を抱き締めた。


「おまえ・・・もういい加減にしろ。またあの時みたいに、ひとりで全部背負う気か!」
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