高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「前もって謝ったんだから怒るなよ。……たぶん、仕事で忙しくて少しおかしくなってるんだろ」

私を抱き締めたまま軽いため息をついた上条さんに、ようやく我に返る。

「あ……仕事、忙しいって言ってましたもんね。お疲れ様です」

キスされたことにも、キスに抱いた感情にも、両方に動揺しながらなんとか答える。

キスしてくれて嬉しい。
なのに……やっぱり同時に逃げ出したい衝動に駆られるのはどうして?

まさか、まだダメなんてことはないはずだ。
だって、上条さんとは出逢った日にちゃんと最後まで触れ合えたし、それを私は怖いと思わなかったどころか、自分から手を伸ばした。

だから……だから、もう克服したはずなのに。
上条さんとなら、キスだってその先だって大丈夫なはずなのに……。

自分自身の気持ちに困惑しながらも、疲れていると言う上条さんをそのままにもできなくて、抱き締め返すように背中にそっと手を回した。

そして、戸惑いながらも背中を撫でるようにさすっていると、上条さんが「こども扱いはやめろ」と苦笑する。

耳元から聞こえる低く落ち着いた、いつも通りの彼の声に混乱していた気持ちが少し落ち着いたのを感じた。

「こどもとか大人とか関係ないです。大事な人だから、労わってるだけです」

頑張ったね、偉いね、という思いが伝わるようにポンポンと触っていると、そのうちに上条さんが片手で私の後頭部に触れる。

優しく撫でる手が、まるで私を大事だと言っているようで、そんなわけないと否定するので精一杯だった。


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