高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
会えたらいいな、と思いながら、期待に胸を膨らませて待っていたときにはなにもないくせに、こうしてただ駅前を通りがかったときにはばったり出くわすのだから、神様も意地が悪い。
駅前の大通りは帰宅時間だけあって、まっすぐ歩くのも大変なほど混み合っている。それなのに、しっかりと目が合ってしまった。
できれば、しばらく顔を合わせたくなかったのに……と思いながら、私に気付くなり足を止めこちらに向かってくる上条さんを眺めた。
後ろには緑川さんがいて、ふたりともスーツ姿だ。仕事の帰りなのか、それともこれからまだ仕事が残っているのか。
後者だといいな、と思いながら近づいてくる上条さんを見つめる。
彼と会うのは、三日ぶりで、後藤と飲みすぎたときに迎えにきてもらってから初めてだ。
本来なら、わざわざ迎えにきてくれたことに対するお礼をメッセージでも伝えていたところだけれど、あの日はそれもしていない。
理由は簡単だ。
好きな人に……上条さんに触れられるのが怖いという自分の気持ちに気付いてしまったから。
あの日、上条さんは急に動揺しだした私を心配して、すぐに帰した。
『おまえがそう思ったなら、そうなんだろ。おまえが好きだから、他の男と親しくしているのが気に入らない。誰よりも俺が一番おまえのことを知っていたいと思うってだけだ。だから、変ではない』
だから、あんなふうに告白してくれたのに、私は上条さんになにも返事をしていない状態だ。
だって、好きなのに触れられたくないなんて、正直、詰んでいる。
好きだと思えば思うほど触れられるのが怖くなってしまうのだから、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていた。