高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



「私、好きな人に触れられるのがずっと怖かったんです。でも、上条さんは私を受け入れてくれた。だから嬉しかったし乗り越えられた……とまではいかなくても、半分くらいは乗り越えた気分でいるんです。でも、よくよく考えてみたら上条さん、桃ちゃんとどうなったのかわからないままで、あれ、これって結局また私ひとりが好きなだけなんじゃない?って」

会社の更衣室に置かれたパイプ椅子に座ったまま、ストッパーが外れたように話す私を見て、水出さんは眉間に寄っていたシワを濃くした。

「大丈夫? 熱、上がってきたんじゃないの?」
「上条さんは私のことが好きだって言ってくれたけど、でも、しっかり考えてみたら付き合おうとは言われてないんです。これ、またトラウマ抉るタイプの恋愛パターンに入り込んでるのかなとか、そもそも私は上条さんには相応しくないとか、もうそんなところから不安になっちゃって」

私のロッカーからバッグを取り出した水出さんが中身を確認する。

「あ、ねぇ。これ、誰かから着信かメッセージがあったんじゃない? 携帯のランプが光ってるから確認して」

携帯を渡され言われた通り確認すると、上条さんの名前が履歴に残っていた。

一緒に夜を過ごした金曜日から、今日で一週間。
実は、先週の土曜日から今日まで、合わせて五回電話があったのだけれど、出ていない。

理由は、桃ちゃんの一件を思い出したからだ。

たしかふたりはいい感じだったはずだし、だとしたら金曜日の夜のことって……と考えだしたら怖くなって、とてもじゃないけれど電話になんて出られなかった。

今日が金曜日だから、つまり約一週間無視している状態だ。

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