高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「お礼を言われるために行動したわけじゃないから。見ていて部長の態度はずっと不快だったの。報告しようか悩んでたところで、ターゲットが高坂さんに定まったのを見て、すぐにメールを打った。コンプライアンス課からの聞き取りにも、高坂さんならしっかり答えてくれると思ったから」

パワハラを訴えたところで、上がそこまでのことじゃないと判断した場合だとか、部長が万が一部署に残った場合だとかを考えると、素直に言えない気持ちはわかるし、気の弱い社員は〝大丈夫です〟と誤魔化す可能性もある。

その点、私なら素直に言うだろう、という水出さんの判断は、ただ単に気が強いという理由からだとしても、信頼されているようでなんだか嬉しく思った。

「それより」と切り出した水出さんが、数歩移動して自身のロッカーを開けて着替え始める。

「熱を出した日に言ってた人とは、そのあとうまくいったの?」

水出さんとは、今まで基本的にはプライベートな深い話をしたことはない。
なので話題を振られて驚きながらも、笑顔を浮かべた。

「はい。病院帰りに家に連れ込まれたり、看病してもらったりしたあと、誤解を解いたり本音を白状したりして……なんとか。はい」

水出さんが「連れ込まれたりって?」とか「本音を白状ってどういうこと?」と聞いてくるので、ひとつひとつの質問に答えていく。

桃ちゃんとのデートの真相や、私が過去に負った傷から好きな人に触れられるのが怖いというトラウマを抱えていて、その辺をふたりですり合わせたと説明した私に、水出さんは目を見開き……それから、苦笑いをこぼした。


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