高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


私が勤めるのは保険会社で、事務局部門に配属され三年目になる。
営業部門はそれなりに成績争いみたいなものがあり残業が多い人もいるけれど、事務員である私は基本的には朝九時から夜十七時半が就業時間だ。

もちろん忙しければ残業もあるものの、それも十九時には終わることがほとんどなので、時間的には満足している。

仕事内容も、電話対応や書類作成といった作業の繰り返しで慣れればなんなくこなせるものばかりだから、特に難しいわけではないと思う……のだけれど。

「このパンフレットのホッチキス止めしたのって、高坂さんだよね?」
「あ、はい。営業部から明日までに八十部作ってほしいって頼まれたので私がやりましたけど……なにかありましたか?」

保険内容が少し変わったため、そのお知らせと、新しい保険のパンフレットが二枚。三枚を針なしホッチキスで止める単純作業。

ミスがあったとは思えないのだけれど、あと一年ほどで定年を迎える部長は太い眉を寄せ、これ見よがしに大きなため息を落とした。

「ホッチキスの位置が違う。こういう縦書きの書類をまとめるときは普通右上で止めるって知らないかな。高坂さんさ、もう三年目でしょ。こんなことで注意を受けているようじゃ後輩に示しがつかないし、しっかりして欲しいんだけどなぁ」
「あ、いえ、それ……」
「営業の後藤くんだっけ? よく飲みに行ってるみたいだけど、そういうところばかり充実させて仕事は全然できないんじゃ会社としては困るんだよね。会社としても無駄な人件費払いたくないわけ。いい加減わからないかなぁ? まぁ、わからないんだろうなぁ。見るからに軽そうな頭だもんね」


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