高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


九十分のクルージングを終え、下船する。
まるで夢みたいな時間だったので、足取りも頭のなかもどこかふわふわしていた。

夏の夜特有の、むっとした熱を含んだ空気が肌にまとわりついてもちっとも不快に感じないのだから、よほど浮かれているのかもしれない。

自分の気持ちをしっかり伝えて、それを上条さんが拒否しないでくれたことがとても嬉しくて、満たされた気分だった。

十分ほど歩いた場所に車を止めてあり、送ってくれるというのでお言葉に甘えることにする。

車に乗せてもいいと思ってくれていること、私を送るために時間を割いてくれること、手が触れそうな距離で並んで歩いてくれること。
上条さんの言葉やちょっとした仕草にいちいち心が浮かれ、頬が緩むのが止められずにいたとき、太鼓の音が聞こえてきた。

そういえばさっきからちらほらと浴衣の女性が目に入っていたけれど、どうやら近くでお祭りが催されているようだった。

「その道を右に入った奥に神社があるらしい。少し歩くが、寄って行くか?」

携帯で調べていた上条さんが聞くので、「いいんですか?」とふたつ返事でうなずく。

「夜のお祭り、大好きなんです。雰囲気があってわくわくしますよね」
「そこまで規模の大きなものではなさそうだけどな」
「規模とかはどうでもいいんです。ヨーヨー釣りと金魚すくいと射的があれば」

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