高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「すみません……。その日は予定があるんです」

やっとの思いで声を絞り出した。
電話の向こうからすぐに『予定?』と聞き返されるので、うなずく。

「はい。前から友達と約束していたんです」
『せっかく俺が誘ってるのに友達をとるのか』

意地悪な言い方をしてくる上条さんに、ぐっと顔をしかめてから、〝やっぱり大丈夫です!〟と言いたくなる気持ちをため息で逃がした。

「正直に白状すると、すごく会いたいですし揺れてます。でも友達が先約だし、電話でその子と話したとき、声がちょっと落ち込んでいるみたいに感じたので……きっと事情を言えば友達はふたつ返事でリスケしてくれるけど、やっぱり心配だし顔が見たいんです」

高校時代からの友達、佐々岡桃から電話がきたのは先週半ば。
いつも元気な声が沈んでいたのはきっと私の勘違いではない。

だから桃ちゃんを優先させると決断はしたものの、不安になって口を開いた。

「あの、でも上条さんに会いたいと思ってるのは本当です。だから……また誘ってくれますか?」

恐る恐る聞いた私に、上条さんがふっと笑う。

『さぁ。これが最後かもな』

その声だけで、意地悪な笑みが浮かぶようだった。


桃ちゃんは、もう何十年と続く佐々岡クリニックのご令嬢だ。
美肌エステや豊胸、美容整形と女性の美に寄り添ってくれると口コミで有名になった佐々岡クリニックは今や全国に支店を持つ大企業で、駅前や電車内でもよく広告を見かけるほど。

本店の院長はもちろん桃ちゃんのお父さんなので当然実家はとてつもない資産家なのだけれど、桃ちゃんの気さくで面倒見のいい性格のせいか付き合いにくさは感じないし、むしろ親友とも呼べる仲だと言える。


< 96 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop