やわく、制服で隠して。
深春の後を追って辿り着いたのは、学校だった。
当然のように校門をくぐって、下足箱で靴を履き替える深春の背中を見つめていたら、何やってるのって手招きされた。

「なんで学校?」

「いいから早く。」

深春に促されて、私も靴を履き替えた。
さっき出たばかりの学校に、忘れ物をしたわけでもないのに戻ってくるのは変な気分だ。

深春は階段を上っていく。その後ろに続く。
深春の後を追いながら思った。
たった一学期の間で深春は、多分私も随分と変わった。

入学式で初めて会った深春の目は今よりももっと冷たく見えて、何かを見透かされるようなその瞳に惹かれたことを憶えている。

名前に似つかわしくない冷めた口調、なのに何故か私に興味を示してくれている女の子に心を奪われた。
その時はそれが、恋の始まる瞬間だったなんて思いもしなかった。

今の深春はあの頃よりもずっと温かくて無邪気で、もっともっと愛おしい。

もう気付いていたけれど深春は私達の教室に入っていった。
ほんの一時間前まではザワザワと騒がしかったのに今はガランとしていて、私と深春以外の生徒は誰も残っていない。

運動場から部活動生の声が聞こえてきたり、たまに廊下を歩く生徒が居るくらいで、すごく静かだった。

「誰も居ないね。」

「そりゃそうだよ。明日から夏休みだもん。」

「そういうもん?」

「夏休みを前に、用も無いのに誰がいつまでも学校に残ってんの。」

深春が言って、私は笑った。

「今日はうちに母さんが居るんだ。まふゆのとこもでしょ?」

「二人になれる場所は他にもありそうだけど。」

「いいの、いいの。」

言いながら深春は、教室の空調のスイッチを入れて、ほら涼しいって言った。
ブゥンと音が鳴って、冷たい風が流れてくる。

「勝手につけていいの?」

「駄目って言われたら職員室のクーラーも全部消してやろうよ。」

「何それ。」

意味の分からない悪戯心に、私達はクスクスと笑った。
こんなことがいつもより可笑しく感じるのは、それも全部“明日から夏休み”だからだ。

明日から夏休み。
深春が居る。

こんなに素敵な魔法、他には無い。
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