やわく、制服で隠して。
「私は父さん達の駒だったんだね。」

憎しみに満ちた深春の声。
その声は震えているけれど、泣いてはいない。
怒りでどうにかなってしまいそうだって感情が痛いほど伝わってくる。

「駒だなんて。あなた達だって運命の人に出会えたじゃない?」

「父さん達がそうさせてあげたんだ。」

「もう!あなたったら。またそうやって深春の神経を逆撫でするんだから。」

どうしてこの人達はこんなにも落ち着いていられるのだろう。
この空間の中にある、はっきりとした違和感。
騙し絵を見ているような、おかしな気配を感じて、気持ち悪さよりも恐怖を感じる。

「まふゆちゃん。“お父さん”って呼んでもいいんだよ。実際そうなんだから…。」

ソファから立ち上がってサイドに置いてあったクッションを掴んだ深春の腕を、私は掴んだ。
掴んだクッションを振り上げようとした深春は、私を見下ろして、くちびるを噛み締めている。

「深春。いいよ。」

その腕を掴んだまま、私も立ち上がって、未だソファにゆったりと腰掛けたままのおじさんとおばさんに頭を下げた。

「今日は帰ります。話してくれてありがとうございました。」

「あら、帰っちゃうの?深春の部屋でゆっくりしていったら?お夕飯、一緒にどうかなって思っていたんだけど。」

「いえ。今日は父が早く帰ってきますから。」

父、と言いながら、おじさんを見た。
多分、睨みつけていたと思う。
おじさんは困ったような顔をした。

絶対に、この人のことを父親だなんて思えない。
突然知らせられた事実だからじゃない。
私の中に在るはずのこの人の遺伝子が、それに抗いたいほど身体中の細胞が疼くこの感じは何だろう。

今まで与えてもらった恩も、助けてくれた事実を全て引き換えにしても、私の中に残る感情は、嫌悪だ。

持ってきていた鞄を持って、リビングを出る。
さっさと靴を履いて、「お邪魔しました。」とだけ言って、玄関を出た。
振り返らなかった。

私がリビングを出る後ろから、深春が追いかけてきたことは気付いていた。
けれど深春の顔すら見ることが出来なかった。

勝手に仕組まれた私と深春の人生。
運命だと信じていた。
一生に一人だけ。初めて心から愛おしいと想った人。

その気持ちも全部仕組まれていた物だったのかな。
そう思ってしまうことが苦しくて堪らなかった。
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