やわく、制服で隠して。
死を選ぶのは軽率かもしれない。
今が辛くて苦しくても、もっともっと先の未来では私達のような恋愛が普通になって、“マイノリティ”だなんて考え方すら、世界から消えているかもしれない。

それでも今を生きる私達にとって、突きつけられた現実はあまりにも重たかった。

深春と二人で生きていきたい。
深春さえ居れば何も要らない。

それは“深春が居なければ生きていけない”ということ。
これからの長い先の未来、深春も私もいつ死んでしまうかなんて分からなくて、一人で生きていく勇気なんて私には無い。

それなら二人で死を選ぶことが正しい気がした。
深春と一緒ならなんにも怖くない。
私と深春の愛の証明。
十六年間、私達を利用した大人への復讐だ。

「いいよ。死のう。二人で。」

「ほんとう?」

「本当だよ。深春と一緒ならいいよ。私を一人にしないで。永遠に、深春と一緒に居る。」

深春はありがとうって言って、私を抱き締めた。

この時から、私達の命のカウントダウンが始まった。
これから何度だって重ねていけるはずだった抱擁もキスも、深春の笑顔も、“終わり”へのカウントダウン。

悲しくはなかった。
怖くもない。

「まふゆ。約束だよ。未来永劫、私の命はまふゆにあげる。まふゆの命も私の物だよ。」

「うん。約束だよ。私は深春の為なら死んでもいい。」

コツ、コツと革靴が地面を鳴らす音が聞こえてきた。
曲がり角の塀の陰から出てきたのは、パパだった。

パパは私と深春の姿を認識してから一瞬立ち止まって、「びっくりした。」と言って微笑んだ。

私と深春は、さっきまでの約束をそっと内に秘めて、立ち上がった。

「おじさん、こんばんは。」

「パパ。お疲れ様。ごめんね、ご飯の用意、まだ出来てないや。」

「いや、いいよ。適当に惣菜買ってきた。深春ちゃん、こんばんは。もう暗いし送っていこうか?」

「いえ、平気です。お邪魔しました。まふゆ、じゃあね。また明日。」

深春はペコッとパパに頭を下げてから、歩き出した。
深春の背中が小さくなっていく。

「こんな時間にどうしたんだ?」ってパパが訊いてきたけれど、私は本当のことは話さなかった。

「女の子なんだから暗くなってきたら気をつけなさい。」って、親らしい注意をする。
今までは当たり前だったその会話にすら、今は涙腺が緩んでしまう。

悟られないように、私はさっさと家の中に入った。

パパ、私ね、死ぬんだよ。
パパよりずっと先に。

あのね、我が儘だとは思うけれど、最期までパパの本当の娘のつもりで居させて欲しい。
最期だから、それくらいは許されるよね?

今まで本当にありがとう。
パパの苦労や辛かったことに、感謝を言うことは出来ないけれど、私、パパのこと大好きだよ。

届けられない気持ちを、心の中で繰り返した。
本当の娘のように育ててくれたパパ。
本当に大好きだったよ。

最期まで、親不孝でごめんなさい。
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