a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜
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 砂浜を裸足で歩いていると、大地を踏み締めているような気持ちになれて心地よかった。

 那津は、ゆったりとしたワンピースにカーディガンを羽織り、吹き抜ける風にそっと目を細めた。耳の横で一つに結んだ髪が風にさらわれ靡く。

 空気は澄んでいるし、波の音が耳に優しく響く。太陽の光を浴びて水面はキラキラと輝いていた。と海って本当に不思議。嫌なことも全て流してくれる気がする。

 ふらりとこの海辺の街にやってきてからニ日。誰にも何にも縛られないこの生活に満たされ始めていた。

 元々在宅ワークが基本となっていたし、あんな事があった後では、人と関わるのが怖くなっていた。だから誰にも邪魔をされずに、一人で自由に過ごせる時間が何よりも幸せだった。

 早起きをしてこうして海辺を散歩すると、少しずつ心の傷も癒されていく。

 那津は砂浜に座り込み、膝を抱えて小さくなった。

 ずっと使いそびれていた有休を、初めて一週間という長期で使ってしまった。突然だったから職場に迷惑かけちゃったかな……でも今は仕事をする気分になれなかった。

「おはよう」

 突然誰かの声がして、那津はパッと頭を上げる。するとそこには一人の男性が立っていた。

「お、おはようございます……」

 声をかけられるとは思っていなかった那津は、戸惑いながら返事をした。

 背が高くて黒髪の爽やかな笑顔、Tシャツの袖から見える筋肉質な腕。今まで那津の周りにはいなかったタイプだ。

 男性は那津の前にしゃがみ込むと、にっこり微笑んだ。そこでようやく昨日のことを思い出す。

「もしかして昨日救助にあたっていた方……?」
「そう。やっぱり昨日すれ違った人だよね」
「はい……」
「旅行?」
「……えぇ、まぁそんなところです……」
「へぇ。昨日もここにいたけど、しばらく滞在する予定?」

 問いかけられ、那津は困ったように頷く。

 何この質問攻め。なんか不愉快だわ。今はあまり人と関わりたくないというのが本音だった。別に悪いことはしていないし、放っておいて欲しいのに。
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