いつも那津が海を眺めていた場所から程近くのマンションが周吾の自宅だった。エレベーターで五階まで昇り、降りてすぐ前のドアの鍵を開けると、周吾は那津を中へと招き入れる。

 フローリングのワンルームには、ベッドとテーブル、たくさんの漫画本が並んだ本棚があった。

「なんか男の子の部屋って感じだね」
「……それって子供っぽいってこと?」

 キッチンでお茶とお菓子の準備をしていた周吾が、肩を落として那津を見る。

「こういう少年漫画とか青年漫画だけが並ぶ部屋ってあまり来たことなかったから」

 那津は本棚から気になったコミックを取り出すと、周吾が用意してくれたクッションに腰を下ろしてパラパラとめくり始める。

 トレーにお茶とお菓子を載せてテーブルに置き、周吾は那津の隣に腰を下ろした。

「俺ね、最初は本当に那津さんを元気付けたくて声をかけたんだ」

 周吾が話し始めたので、那津はコミックを閉じて彼の方に向き直る。彼が真剣な瞳をしていたから動けなくなった。

「ただ元気付けようとしただけなのにな、まさかこんな気持ちになるなんて思わなかった」

 那津は胸が苦しくなって、咄嗟に周吾が準備したお菓子を手に取る。それは今朝那津が周吾に渡した物だった。

「那津さん、チョコ味は食べてないんでしょ? それなら一緒にどうかなって思って」

 それから昨日の洋菓子店での言葉を思い出す。

「a piece of cake……って言葉、知ってる?」
「一切れのケーキってこと?」
「ううん、一切れのケーキを食べるくらい簡単っていうことから、"簡単"とか"容易い"っていう意味があるんだって」
「へぇ、知らなかった」

 那津は下を向いた。

「元カレも、周吾くんの元カノも、恋人がいるのに浮気をするのって……容易いことだったのかな……」

 それから顔を上げて周吾の目を見つめる。

「……私のことも"容易い"って思った?」

 周吾は驚いたように目を見張ったが、すぐに那津の頬に手を添えて柔らかく微笑んだ。

「……那津さんが思っているのとは違う意味でね」