魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。

呼び出し

「アイリ様、今日の放課後にお時間をいただけるかしら?」

 ある日、学校の廊下で声をかけられ、振り向くと、真紅の燃えるような髪を持つ絶世の美女がいた。
 エブリア・ケルヴィン公爵令嬢。王太子殿下の婚約者だ。
 迫力のある美人さんで、スーッと涼し気につり上がった目に強い光を湛えた黒い瞳でじっと私を見てくる。
 赤いつやつやした唇がきれいな弧を描いているけれど、表情は読めない。怖い。
 思わず、後ずさって、カイルの腕を握りしめてしまった。

「あら、怖がらないで」

 優雅に扇子をあおいで、エブリア様は笑みを深めた。後ろに付き従っている取り巻きのご令嬢たちからも凝視されて、居心地が悪い。
 公爵令嬢から時間を取れと言われて断れるはずがないけれど、念のために聞いてみた。

「私になんの御用でしょう?」
「それをゆっくりお茶でも飲みながらお話ししたいのよ」

 有無を言わせない圧力とともに、にっこりと微笑まれて、こくこくと首を縦に振った。
 エブリア様も満足げにゆっくりとうなずく。優雅だ。

「ありがとう。じゃあ、授業が終わったら、執事に迎えに行かせるわ」
「かしこまりました」
「またあとでね」

 怖い怖い怖い。でも、行くしかない。
 私は涙目で、エブリア様たちを見送った。



 その日は授業も上の空で、エブリア様の呼び出しのことばかり考えていた。
 なにを言われるんだろう? やっぱり王太子殿下のことをおもしろくなく思われているのよね?
 私だって迷惑しているのに!
 
 きつい性格だとか、意地悪だとかいう噂のエブリア様に睨まれて、ここでやっていけるのかしら?

(家に帰りたい)

 居心地のいい家ではないけれど、少なくとも自室は落ち着ける。そこでカイルと引きこもって暮らせたらいいのに。

(きっと王太子殿下に近づかないように言われるんだろうなぁ)

 最近は殿下たちと遭遇しないようにカイルに匂いを察知したら避けるように言っている。それでも、教室前で待ち伏せされるとどうしようもない。クラスが違うことだけが救いだった。
 この学年は王室の方々と高位貴族のクラスと低位貴族のクラスに分かれていて、私は当然低位貴族のクラスだった。だから、エブリア様とも違うクラスで、初めて口をきいた。

(私だって、努力はしているんです!)

 空想の中のエブリア様に、必死で弁解した。



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