華夏の煌き
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64 初恋    
 軍師省から帰る王太子、曹隆明を星羅はまた見送る。馬車に乗り込む隆明に手を貸すと、踏み台が濡れていたようで足を滑らせかけた。

「殿下、危ない!」

 下から支えようとした星羅は逆に持ち上げられるように、ふわっと抱き上げられた。

「あ、あの殿下」
「大事ない、ではまた」
「は、はい」

 馬車に乗り込んだ隆明はあっという間に去っていった。星羅は思わぬ隆明との触れ合いに、ますます鼓動が早くなる。どうしてこんなに恋しくて懐かしくて苦しい思いをするのかわからなかった。郭蒼樹と徐忠正に変に思われないように、深呼吸してからまた軍師省に戻った。

「何かあったのか?」

 蒼樹が星羅に尋ねる。

「え? なにも? あ、今日借りた着物を返しに行くがいいかい?」
「ああ、かまわないが」
「では、終わったら家に帰ってから行くよ」

 学習を終え家に帰り、京湖によって手入れされた着物をもって郭家に訪れる。門にいた使用人が無表情で蒼樹の部屋を案内する。相変わらず物にも人にも無駄のない、合理的な屋敷に感心して部屋に入った。

「蒼樹。ありがとう。母が手入れをしてくれたからこのまま片付けてよいと思うが、気になったら確認してくれ」
「ああ、わかった」
「じゃ、これで」
「待てよ。茶ぐらい飲んでいけ。急いでるのか?」
「いや、特に」

 蒼樹がそう言うとすぐに茶が運ばれてきた。使用人に「呼ぶまで来なくてよい」と告げ、茶をすすめる。

「殿下と何かあったのか?」
「殿下と? いや、べつに……」
「慕っても報われないぞ」
「僕は軍師として」
「うそだ」

 いつの間にか蒼樹は星羅のすぐ目の前にいる。

「自分が女だと告げたのか?」
「そんなことは言わない」
「抱き合っていただろう」

 ちょうど隆明がバランスを崩し、それを支えようとして転びそうになった星羅を反対に抱き上げた姿を、蒼樹は見ていたのだ。

「あ、あれは――」

 誤解だと状況を説明しようとするまえに、蒼樹は星羅を抱きしめた。

「な、なにを!」
「星雷。いや星羅、殿下だけはよすんだ」
「放して」
「放したくない」

 星羅は学問に加え、剣術も鍛錬していたのでそれなりに自分の力も自負していたが、蒼樹の抱きしめる力は強く、しかも背中と腰を押さえられ身動きがとれない。

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