孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「……よし」


意識して低い声で自分に発破をかけ、第四手術室に入った。
器具をカウントして、ドリルの稼働具合を確認していると、患者が到着した。
外回り看護師が、患者を受け入れに出入口に歩いていくのを横目で見送る。


その時、霧生君が第一助手を伴って入室した。
私はドキッと跳ねる心臓に手を当て、麻酔科医に声をかける彼を肩越しに窺った。
操に交替してもらってまで器械出しに就いたのは自分なのに、俯きがちに仕事を進める。


術前タイムアウトで、霧生君が私に気付いた。
わかりやすくギクッとした彼に、私は努めて冷静に器具の準備状況を伝えた。
霧生君はすぐに私から目を逸らし、外回り看護師の報告を受ける。


「では、よろしくお願いします」


彼の声を合図に、皆が定位置に就いた。
私は、患者の顔の横の霧生君と、頭部の第一助手の間に立つ。
霧生君は、自分を落ち着かせようとするように、スーッと大きく息を吸い……。


「メスください」


私がトレーに置いたメスを手に取り、頭皮切開を始めた。


「開創器」


彼がパイポーラで止血するのを確認して、第一助手が要求してくる。


「はい」


私はテキパキと器械出しを行った。
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