赤ちゃんを授かったら、一途な御曹司に執着溺愛されました


「いや。昔みたいだと思っただけだ。節分の日、年の数だけ豆が食べられると知った美織が、よく俺に言っていただろ」

かすかに記憶に残っているかいないかというほどの昔の話を持ち出され、恥ずかしさから眉を寄せ目を伏せる。

共通する思い出がたくさんあるのはもちろん嬉しいけれど、共用していたくないものまで持たれてしまっていてしかもどうやっても奪えないのは少し厄介だ。

「ズルいです」と口を尖らせると、「なにがだ」と問われる。

さっきキスする前にあった雰囲気よりも、心なしか柔らかい気がした。

「私が生まれた数日後から、匡さんは私のことを知ってるじゃないですか。私の恥ずかしい黒歴史みたいなものを全部知られてて……だからズルいです」

私が生まれた時、匡さんは八歳。
全部ではないにしろ、印象深い出来事は覚えていてもおかしくない。私が物覚えつく前の思い出も当然匡さんの中にはある。

それはきっと恥ずかしいものばかりだとわかるので少し責めるようなトーンで言うと、匡さんがわずかに頬を緩めた。

「そうだな。逆の立場じゃなくて本当によかった」

こんな風に、匡さんが優しいトーンで話してくれるのはここ六年ほどで初めてな気がして、「私はよくないです」という返事が遅れてしまった。

でも、昔を懐かしく思ったにしても、ズルいと責めたのに嬉しそうに微笑むのはおかしい気がして伝えると。

「威勢がいい方が張り合いがあると思っただけだ。さっきも言ったが、昔の美織はそうだっただろ」

そんな意外な言葉が返ってきて驚きながら口を開く。


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