叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
ラルフの縁談
「それで、進捗具合はどうなんだ?」

 まるで何か仕事の案件の話をするような口ぶりでクリスが訊ねた。
 クリスの自室のソファに座らされたラルフは、心の中で、この状況はどういう状況なんだと首を傾げながらも、とりあえずとぼけてみることにする。

「何のことでしょうか?」

 ラルフは今日が仕事の初日だったはずだ。
 ラルフの仕事はサンプソン家の次期当主であるクリスの護衛。
 護衛と言っても、クリスは人懐っこいように見えて実はなかなか人を信頼しない用心深い性格をしているため、護衛も数が少なく、また、彼の仕事の補佐をしている人間も少ない。そのため、護衛であるラルフにも簡単な雑用が振られるわけで――確か、頼みたい仕事があるから自室に来いとクリスに呼ばれた気がするのだが、気のせいだっただろうか。

 クリスの自室にはラルフのほかに、クリスの筆頭護衛官、すなわちラルフの上官であるハンフリーもいる。十五歳年上の妻子持ちの彼は、ラルフの事情を知っているから、先ほどからクリスの背後でニヤニヤと笑っていた。

「とぼけるなって。で? オーレリアは落とせそうなのか?」

 いつからここは恋愛相談所になったのだろう。そしてその相談をするのはラルフで、どうやらそれは強制のようだ。おかしい。仕事をしに来たはずなのに。

「……というか、ギルバート様がオーレリアに求婚した時点で、クリス様はギルバート様につくと思っていましたけど?」

 素直に現状の報告をするのも癪なのでそう返してやると、クリスは心外だとばかりに眉を跳ね上げた。

「ラルフは、僕が、弟が名乗りを上げた時点で長年の友人を裏切るようなそんな男に見えるのか? 言っておくけど僕は君を応援しているよ。もちろん弟が失恋してほしいと思っているわけではないけれどね、ギルバートのあれはいわば後出しじゃんけんのようなものだ。一度は君がオーレリアのことを好きだからと身を引こうとしていたのに、今更それを言い出すのはずるいってものだよ」
「……あなたの理屈はよくわかりませんが、まあ、あなたが敵に回らないのは助かります」

 クリスが本気になれば、時期領主と言う権限も活用して、オーレリアと弟の縁談をあっさりまとめ上げるだろう。それをされるとラルフは太刀打ちできなくなる。
 クリスはにこりと微笑んで、それからずいと身を乗り出した。

「で、どうなった? 進展はあったのか? 教えろよ」
「黙秘権を行使します」
「僕は君の雇用主だよ。雇用契約書にそんな権利を与えるとは記載していなかったはずだ」
「与えないとも書いてありませんでしたけど」
「うるさいな。いいから教えろよ。鈍い女はどうやったら落ちるんだ? 僕としても今後の参考にさせてもらいたいね」

 なるほど、クリスは、ラルフの行動によるオーレリアの反応を、積年の片思いの相手であるエイダ王女を口説くための材料にしたいらしい。
 ラルフはエイダ王女とはあいさつ程度しか会話をしたことがないけれど、クリスによると、ラルフより一つ年上のあの王女は、びっくりするほど鈍いと言う。公爵家の嫡男として、幼いころから城に出入りする機会も多かったクリスは、王女に完全に友人認定されていて、どうあがいてもその壁をぶり破れないのだとか。

「人を出汁に使わないでください」

 雇用主との関係上、けじめは必要だと敬語を使っているが、クリスが普段通りすぎてだんだん馬鹿らしくなってきた。いいから仕事をさせてほしい。

「いいじゃないか。で? どこまで行ったんだ? キスくらいしたのか? それとももう、押し倒……」
「してません!」
「なんだ、つまらん」

 クリスが口を尖らせた。
 オーレリアにしたことと言えば、街に誘った帰りに、額に軽く口づけただけだ。あれだけでオーレリアは真っ赤になって固まってしまったのだ。

(あれは可愛かったけど……あんな顔で硬直されたら、それ以上何もできない……)

 しかもあれ以来警戒されているのか、オーレリアはラルフとの間に人一人分ほどの妙な距離を取りはじめた。
 それまではオーレリアはラルフの隣にぴったりとくっついて座ってもけろりとしていたし、自分から抱きついてくることもあったのに、それもしなくなった。意識されているのはいいことだと思うけれど、ちょっと寂しい。
 お菓子を食べさせようとしても、真っ赤になって「自分で食べられるし」と言い出す始末だ。これまでは素直に口を開けていたのに。

(あれか? 菓子屋で夫婦に間違われたことが影響しているのか? 俺は気にしないのに)

 思わずはーっと息をついたラルフは、クリスがこちらにじっとりした視線を注いでいることに気が付いた。

「どうかしたんですか?」
「どうかしたんですか、じゃない! それでこれからどうするんだ」
「どうするんだと言われても……、一応、今朝花は贈ってみましたけど」

 オーレリアがギルバートから花をもらったと嬉しそうだったので、今日から頻繁に会いに行けなくなる分、花を贈ることでアピールしてみた。
 クリスは何とも微妙な顔になった。

「明らかにギルバートの二番煎じじゃないか。そんなんで落ちればとっくにお前とオーレリアは結婚しているだろう。もっとましな行動を取れ」
「ましなって、例えば?」
「僕が知るか」

 そうだろうな。クリスがもし「ましな」方法を知っていたら、彼もとっくにエイダ王女と婚約なり結婚なりしているだろう。

(まあ、オーレリアもちょっとは俺を意識しはじめたっぽいから、次の休みにはまた買い物にでも誘って見よう)

 そうしてデートを重ねているうちに、オーレリアの心境にもきっと変化が現れるはず。というか現れてくれなくては困る。
 第一オーレリアは家のことがあるから早く結婚したいはず。彼女だって、決断に時間はかけないだろう。そうなると彼女がギルバートを選んで振られる可能性も充分にあるわけだが――、ああ、やばい、胃が痛くなってきた。

 どうにかして、ギルバートよりも優位に立てないだろうか。オーレリアが結婚を考えた際にラルフの名前が出てこなかった時点で、ラルフはギルバートよりも不利なのだ。なんとかしないとギルバートに奪われる。

(明日は菓子を贈ってみるか? でも、オーレリアはおじさんたちが死んでから食欲が落ちてて、前ほど食べなくなったからな……あんまり贈っても困らせるだけかもしれないし)

 少量のお菓子を贈るのでは見映えがしない。ここは花とセットだろうか。いやでも花は今日も贈ったから、毎日送ったら迷惑がられるかもしれない。オーレリアはドレスにも宝石類にもほとんど興味を示さないから、そんなものを贈りつけても困らせるだけだ。

(昔はぬいぐるみが好きだったんだけどな)

 子供のころ、オーレリアがウサギのぬいぐるみをことのほか大切にしていたことが思い出される。ぷっくりした頬をリンゴのように染めて、真っ白いウサギのぬいぐるみを抱いていたオーレリアは、それはそれは可愛かった。

(あいつ小柄な方だし、ぬいぐるみ、まだ似合いそうだよな)

 大きなぬいぐるみを抱えて歩くオーレリアはさぞ可愛らしいだろう。よし、ぬいぐるみにしよう。

「クリス様、この近くにぬいぐるみを売っている店ってありましたかね?」

 するとクリスはこめかみを押さえた。

「お前がいまだにオーレリアに家族認定されるのは、たぶんそのせいだと思うぞ……」


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