叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
オーレリアの婚活
 婚活すると決めたはいいものの。

(もう春なのよね)

 ヴァビロア国の社交シーズンは秋から春頃まで。一番盛り上がるのは晩秋から冬の次期で、春先になればパーティーの数もぐんと減って、急に閑散としてくる。
 それでもかろうじてパーティーを開いている家はあるだろうが、一足早く王都からサンプソン公爵領の伯爵家に帰ってきたため、オーレリアは現在王都から遠い場所にいる。ここから王都まで、馬車で数日かかるのだ。

 開催されるパーティーの数が少ないところに向けて、片道数日かけて王都へ通うのはあまりに効率が悪すぎる。
 領主のサンプソン公爵はとてもいい方で、王都にびっくりするほど大きな邸を有していて、領地の代官一家が王都へ行くときはその部屋を貸してくれるのだが、この時期に貸してくれとは言い難いし、何より家族が死んだ直後にパーティー三昧かと眉を顰められてしまうだろう。
 オーレリアの婚活は、はじめる前からつまずいてしまった。

「お嬢様、その……結婚相手は、身近な方からお探しになられたらいかがでしょう」

 見かねたドーラが助言してくれるが、オーレリアには親しくしている男性は誰もいない。ラルフ以外。

「身近ってことは、この領地の中でってことよね? でも、結婚してくださいとお願いして結婚してくれそうな人に心当たりはないわよ。どうしようかしら」
「…………お可哀そうなラルフ様」

 ドーラがぼそりと何かを言ったが、真剣に考えはじめたオーレリアの耳には入らなかった。
 急がなくちゃ急がなくちゃとそればかり考えるからか、焦りしか生まれてこない。

 ドーラが、婚活をするのでもやつれていては魅力が半減しますと言ったので、一生懸命目の前の昼食を口に運びながら、オーレリアはうーむと唸る。
 そんなオーレリアに、ドーラとケネスが顔を見合わせてため息を吐きだした。

「お嬢様、差し出がましいようですが、お嬢様の周りにはすでに、お嬢様の伴侶としてふさわしい方がいらっしゃるのではないでしょうか?」

 ケネスが遠慮がちに口を挟んで、オーレリアはごくんと咀嚼していたパンを飲みこんだ。

「ふさわしい方……?」
「ええ。ほら、お嬢様にいつも優しく接してくださるあの方でございますよ」
(あの方……?)

 いったい誰のことを言っているのだろうかとオーレリアは首をひねって、それからハッとした。

「ま、まさか、ギルバート様のこと⁉」
「「え?」」
「いや、確かにお優しい方だけど、でもでも、領主様のご子息となんていくらなんでも恐れ多いと言うか……!」

 サンプソン公爵には二人の息子がいて、長男が今年二十一になるクリス・サンプソン。そして次男がオーレリアと同じ年のギルバートだった。
 ギルバートは公爵令息なのにとても気さくで、オーレリアにいつも優しくしてくれる。快活な兄クリスと違ってギルバートは穏やかでおとなしい性格をしていて、とても紳士的だ。ちなみに、ものすごくモテる。

「ああ、でも、お相手がギルバート様だったら、絶対にサンプソン公爵もこの家を叔父様に渡したりしないわよね?」

 オーレリアにとって雲の上の存在すぎて想像だにしていなかったが、これは悪い選択ではない。
 すっごくモテるギルバートはなぜかまだ誰とも婚約していないから、オーレリアにだって少しくらいはチャンスが残っているかもしれない。

「ええっと…………お嬢様?」

 ドーラがとても困った顔をしていたが、オーレリアは食べかけのパンを口の中に押し込んで、もぐもぐと咀嚼すると、ミルクで胃に流し込んだ。

「こうしてはいられないわ。ギルバート様に求婚するなら、こんなボロボロな姿じゃ勝ち目はないもの。わたし、今からお風呂に入ってボロボロなお肌を整えて来るわ!」
「……えー……」

 途方に暮れたドーラの肩を、ケネスがポンと叩いた。

「結果はどうあれ、前を向いてくださったようなのでよしとしよう。……ラルフ様は気の毒だが」

 そんな二人の会話が耳に入っていないオーレリアは、近くのメイドを捕まえて、バスルームにお湯を用意してもらうように頼む。

(お肌にいいらしいから、料理長にちょっぴり蜂蜜をもらって、蜂蜜パックをしよっと)

 できるだけ綺麗に整えて、ギルバートに結婚してもらうのだ。

(絶対に叔父様の好きにはさせないから! お父様お母様お兄様、天国から見守っていてね!)

 ボロボロになっていた肌を整えて、髪を整えて、喪服を脱いで、オーレリアは前を向く。
 この家を守るために、結婚するのだ。


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