叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
突然、モテ期がやってきました
 ギルバートが結婚の打診をくれたところに向けて、息せき切ってやってきたラルフにまで求婚されて、もう何が何だかわからない。

 茫然としていると、そのあとすぐにクリスがやって来て、それとは違う事情で今日はもう帰った方がいいと言い出した。
 どうしたのかと思っていると、会場に、叔父一家がやって来たらしい。エイブラムは自分が次期バベッチ伯爵家の当主だと会場にいる人間に挨拶をはじめて、夫人のチェルシーはさも伯爵夫人のような顔をして夫の隣で高笑い。そして娘のコリーンは、なんと、派手に着飾って登場して、堂々と婚活をはじめたのだと言う。

「わたくし、父のあとを継いで伯爵家を盛り立ててくれる素敵な殿方を探していますの」

 そんなことを言いながら次々に未婚の男性に声をかけはじめたらしくて、会場はすっかり白けてしまったらしい。
 今オーレリアが会場に戻れば不快な思いをすること間違いないので、このまま彼らに気づかれる前に帰宅した方がいいとクリスは言う。

「招待状は出していないのに、どうしてここに来たの?」

 ギルバートがあきれ顔を浮かべて兄に訊ねた。
 クリスは肩をすくめた。

「彼らを会場に案内した使用人に聞くと、オーレリアの叔父で後見人だと言ったらしいよ」
「叔父様を後見人にした覚えはありません!」

 オーレリアは思わずベンチから立ち上がった。
 パーティーに招待されているのは代官の一家やその親族だ。オーレリアの名前を出せば、招待状がなくとも入れると判断したのだろう。招待状は一家に一通しか送られておらず、参加人数は限定されていない。オーレリアの家族だと言えば使用人が通してしまってもおかしくなかった。

「もちろんわかっているよ」

 クリスがオーレリアの両肩に手を置いて、ゆっくりとベンチに座りなおさせる。

「でも、パーティーに来ていた人たち全員にそれを言って回るのか? 第一君が顔を出せば、彼らはこれ幸いと君を巻き込んで次期伯爵だと演説をはじめるよ。まさか君、ここで叔父一家と大喧嘩をはじめたいわけじゃないだろう?」
「それは……」
「だから、今は帰るんだ。大丈夫、父上も眉をひそめていたから、じきに彼らは追い出されるよ。でも、そのあとで君が顔を出したら、絶対に好奇な視線にさらされる。だから、ね」

 叔父たちが帰るのを見計らって会場に戻っても、オーレリアは針の筵だろう。クリスの言うことはよくわかる。

(でも……悔しい……)

 どうしてそんなに勝手なことができるのだろう。彼らはオーレリアの大切な居場所を、土足で踏み荒らして楽しいのだろうか。

「オーレリア、行こう」

 ラルフに促されて、オーレリアは口を引き結んでこくんと頷く。
 悔しくても、今のオーレリアにはどうすることもできない。
 この日、オーレリアはギルバートとラルフ両名から求婚されたこともきれいさっぱり頭から抜け落ちて、ぼんやりとしながら帰途についた。





 ――の、だけど。

(うわあああああああああ!)

 一夜明けて、オーレリアはベッドの上で悶絶していた。

 昨日はラルフに送り届けてもらったあと、着替えと入浴をすませてすぐにベッドに入った。言いようのない怒りと悲しみが胸の内でぐるぐるしていて、何も考えられなかったからだ。
 しかし、寝て起きて昨日のことを冷静に考えることができるようになってくると、途端にその直前に求婚された事実を思い出して真っ赤になってしまった。

(なんでどうして! ラルフよ? ラルフがどうしてわたしに結婚を申し込むの⁉)

 ラルフは兄のような存在だ。ほぼ家族なのである。今までそんなそぶりは――オーレリアが気が付かなかっただけだが――一度も見せなかったのに、どうして求婚してきたのだろうか。

(もしかして酔って相手を間違えたとか⁉)

 いや、ラルフは酒豪だからあの程度では酔わないし、帰りの馬車の中でも落ち込んだオーレリアをずっと慰めてくれていて、酔ったそぶりは一度もなかった。第一求婚の際に、しっかりとオーレリアの名前を呼んだのだ。

(おかしいおかしいおかしいおかしい、絶対おかしい!)

 何かの間違いではなかろうか。
 というか、昨日の出来事すべてが夢だったのかもしれない。
 だって考えてみてほしい。今まで誰からもモテなかったオーレリアが、一夜にして二人の男性から求婚されるなんて、逆立ちしてもあり得ないのだ。

「なーんだ、夢かー」

 オーレリアはそう結論づけて、ベルでドーラを呼んで着替えを手伝ってもらう。
 昨日はパーティーでは何も食べず、帰ってからも夕食を取らなかったのでお腹がすいている。家族を失って食欲が落ちていたオーレリアだが、少しずつそれも戻りはじめていて、今まで消化のいいものばかり用意されていた食事も、普通のものに戻っていた。

 ダイニングに降りて、オーレリアが朝食のチーズ入りのオムレツに舌鼓を打っていると、玄関の呼び鈴が鳴る。
 執事のケネスが玄関を確認しに行って、それからすぐに大きな花束を抱えて戻ってきた。白とピンクの薔薇の可愛らしい花束だ。

「ケネス、それどうしたの?」

 思い返す限り、バベッチ家に花束が届けられたことは一度もない。
 母は花が好きで、家の中に花を飾りたがったが、それは庭で育てられたものや買ってきたものばかりだった。

 友人が、婚約者が花束を贈ってくれるのと頬を染めて話していたことがあったけれど、婚約者も求婚者もいなかったオーレリアには無縁の話だったし、オーレリアはどちらかと言えば色気より食い気だったので、誕生日プレゼントでも花などという洒落たものは贈られたためしがない。

(うちの使用人の誰か宛てかしら?)

 バベッチ家の使用人の中には、結婚適齢期の女性もいる。可愛らしい花束だし、きっと彼女たちの中の誰か宛てだろう。
 そんなことを思いつつも、あまりに可愛かったのでもっとよく見たくなって、ケネスの持った花束を覗き込もうとすれば、彼はそれをオーレリアに手渡した。

「お嬢様に贈り物です」
「………………はい?」

 オーレリアはたっぷり沈黙してから、こてんと首を傾げた。
 戸惑いつつも受け取って、花束に添えられていたカードに気がついた。
 二つ折りのメッセージカードを開くと、そこには流麗な字でこう書かれている。

 ――昨日の返事は急がないよ。ギルバート

(……昨日の返事………………え?)

 オーレリアの脳裏に、昨夜のギルバートのセリフが蘇ってくる。

 ――結婚して、君と一緒に伯爵家を守って生きてもいい。

(あれって夢じゃなかったの――――――⁉)

 するとつまり、あの後のラルフの求婚も夢ではなかったと言うことで――

「きゃああああああああ‼」
「お嬢様⁉」

 あまりの恥ずかしさに耐え切れなくなって叫んで立ち上がったオーレリアに、ケネスやドーラがギョッと目を剥いた。
 しかし、オーレリアにはドーラたちの驚愕した表情が目に入らない。それどころではないからだ。

(どうしようどうしよう、求婚されちゃった! しかもギルバート様とラルフの二人から! どうしたらいいの⁉ あっ、花束! 早くいけないと枯れちゃうっ! というかこういう時ってお返ししなきゃいけないのよね⁉ もうどうしたらいいの⁉)

 モテたことがないから、対処法がわからない。いやむしろ、結婚しなければならないオーレリアにはラッキーだったけれど、相手が二人と言うのが問題だった。この場合、選ぶのはオーレリアなのだろうか。そうに違いない。選ばないといけないのだ。二人から。

「って無理――――――!」

 ギルバートもケネスも大切な人だ。どうやって選べと言うのだ。第一モテないオーレリアがモテる二人を天秤にかけて選ぶと言うのがそもそもおこがましい。無理だ無理無理。絶対に無理。

「お嬢様、花束を振り回してはいけません。とりあえず、こちらへ」

 オーレリアが花束を持ったまま、バタバタバタバタとダイニングの中を駆けまわるから、ドーラが慌てたように花束を取り上げた。
 何枚かの花びらが絨毯の上に散っている。

(あっ、せっかくいただいたのに花びら散らしちゃった!)

 慌てて膝をついて絨毯の上に散った花びらをかき集めて、四枚の花びらを手にドーラを見上げる。

「ど、ドーラ、もったいないから、この花びらを今晩入浴するときにバスタブに浮かべて……」
「お嬢様、お願いですから落ち着いてください」

 ドーラがメイド仲間の一人に花束をオーレリアの部屋に生けるように指示を出して、オーレリアの手からそっと花びらを受け取ると、強引に椅子に座らせた。

「朝食の途中です。花束はきちんとお部屋に飾っておきますし、この花びらもご希望通りバスタブに浮かべますから、まずは食事を続けてください。それから、花束をもらって驚いているようですが、お礼のお手紙はお早めにお出しになることをお勧めいたしますよ」

 ドーラはオーレリアがギルバートからの花束に驚いてパニックになったと思っているらしい。
 もちろんそれも原因の一つであることは間違いないのだが、問題はそれだけではないのだ。

(はあ…………本当にどうしよ……)

 オーレリアはもそもそと食べかけのオムレツを口に入れながら、はーっと嘆息した。

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