◇水嶺のフィラメント◇
 洞窟への分かれ道を通り過ぎるまで、アンの双眸(そうぼう)はずっと其処から逸らされることはなかったが、何故だかその歩みは(かせ)にでも()められてしまったかの如く、急激に鈍くなり始めた。

 横目に映っていた艶のある黒髪に白い頬、朝露に濡れた薔薇の(つぼみ)のような唇が視界から消えたのを、さすがにメティアも見逃すことはない。

「……あー、えっとさ……あたいの名前が国の名を意味してるのは気付いたんだろ? アンの名前もナフィルに(ゆかり)があるのか?」

 メティアはスピードを少々緩め、前方を向いたまま唐突な質問をした。

 本来ならアンがいきなり勢いを失った核心に触れたいところであったが、敢えて話題を変えたのも、引きずられるように後をついて来るアンを、むやみやたらと振り返りはしなかったのも、きっとメティアならではの優しさであったのだろう。

「あ……やっぱり、メティアの名前は『流れ星』を意味しているのね?」

 沈黙から目覚めた後ろからの返しに、無言で相槌を打つメティア。

 アンが『流れ星』から気付いたのは風の民との繋がりではなく、生まれた地フランベルジェとの由縁だ。


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