◇水嶺のフィラメント◇
 ──……さま? 姫さま!?

「ん……」

「姫さまっ! お、お目覚めになられましたか?」

 遠く微かに聞こえた声が、グンと距離を縮めて鮮明になった。

 僅かに開かれた瞼から、見える景色も次第に輪郭を(まと)う。

「あ……フォルテ?」

 自分の声がその名に辿り着いた時、自然と唇に笑みが宿った。

 相変わらずの心配そうな表情。

 ついクツクツと喉の奥で笑ってしまう。

「まぁ~姫さまったら! すすり泣くようなお声が聞こえましたから、慌てて参上致しましたのに……それともわたくしめを驚かせるおつもりだったのですか!?」

 『姫さま』の目前に迫っていたフォルテの鼻先は、急に止められて横に離れた。

 十二も年上なれど、少女のように頬を張って憤慨する姿は可愛らしい。──などと口にすれば、またふくれっ面となるであろうが。

「フォルテの耳はどうかしちゃったの? あたしは泣いた覚えなどなくてよ?」

 更にからかいの言葉を掛けて、彼女は寝台から身を起こす。

 けれど隣で腕を組むフォルテを見上げようとして気が付いた。

 目尻からひとしずく涙が流れている。

 慌てて逸らした視界に入る、些末(さまつ)な煉瓦積みの壁面。

 そうだ……このひんやりとした感覚に触れた指先が、あんな夢を見せたのだ。

 あの地下洞が(たた)える命の水を。


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