◇水嶺のフィラメント◇
「……そう、ね」

 僅かに開いた視界が、掌に残された数欠けのパンを捉えて、アンはためらいがちに食事を再開した。

 間違ったことを言えば、レインもしっかり訂正してくれた。寂しい時には格子越しに、何も言わず抱き締めてくれた。

 けれどそれは母親としてではない。小さな頃からレインはれっきとした愛しい異性としての対象だった。

「しかしまぁ、それにしても……フフッ!」

 水面を掻き混ぜる音が途切れ、辺りが無音に戻された一瞬。突然声を発したかと思いきや、メティアはいきなり喉の奥で笑い出してしまった。

 驚いたアンは目の前の彼女を怪訝(けげん)そうに凝視したが、

「クククゥ……ッ、幾ら三歳だったとはいえ、「あたちのおうちは、どっちでしゅか?」って~~~カワイすぎるってぇの、アン! プププッ!!」

 パドルを小脇に抱え、ついでに両手でお腹も抱えたメティアは、思い出し笑いに身悶(もだ)えていた。

「え? あっ、いえ、そんなに笑わなくても……あたしだって小さい頃は!!」

「わっ! おい、アンっ? ちょっと待っ──船の上で立ち上がるなって!! わぁっ!?」

 そうして星屑降り注ぐこの川下りは、二人にとって「最も」楽しい時間となった──。


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