月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─

3.どちらを引っ掛ければ良いのか分かりました

 翌週の水曜日、飯島さんとのハッピーアワーはつつがなく執り行われた。

「そろそろ赤も恋しい季節になってきたんだけどね」
「でもやっぱり最初の一杯目は、泡で攻めたいですよ」

 そう言って、カヴァを頼む。そう、カヴァ。泡のワインを闇雲にスパークリングと言っていた私だったけれど、飯島さんと飲むようになってから、発泡ワインにも色々種類があって、地域によって呼び方も違うんだって知りました。基礎教養のレベルがアップした!

「タパス、なににする?」
「アンチョビキャベツは外せません。あと、なにがお勧めなんでしょうかね?」
「店員さんに聞いてみよう」

 穏やかな口調で、飯島さんはお店の人と会話する。客だからと威圧的になることもなく、お洒落空間に飲み込まれておどおどすることもなく、大人な態度。
 いい人だな。
 穏やかで、大人で、一緒にお酒飲んでいるだけなのに、いつの間にやら私の教養も深めてくれる。
 こんな素敵な人が自分のことを好きでいてくれるのが、心底不思議でならない。

 美味しいワインと美味しい料理、そして楽しい会話を堪能して、私たちは店を出た。

「ちょっと、酔いを覚そうか」

 そう言って、オフィス街の一角にあるコーヒーショップに誘われた。適度にざわめきがあって、適度に空いている。ゆっくり話をするのには最適な空間。
 店内一番奥に居心地の良さそうなソファー席を見つけ、そこにした。コーヒーを買ってくるよと、飯島さんがカウンターに向かう。その動きがぎこちない。ああ、いよいよ来たな、と思った。

「はい、コーヒー。ミルクとか入れる?」
「いえ、ブラック派なんで。ありがとうございます」

 そんな会話をしながら飯島さんは私にカップを渡すと、横に座った。ふかふかソファーのお陰で、一瞬私の体が飯島さんに傾ぐ。距離の近さを実感し、そこで初めてどうでもいいことに気が付いた。

 これってカップルシートじゃないか?

 おお。と、なんだか焦ってしまう。そんな私の横で、やっぱり同じように緊張気味の飯島さんが、コーヒーを一口飲んだ。

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