月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─

4. 今度こそ全力で引っ掛けます

 立花(たちばな)(はじめ)、二十八歳。会社員。今、恋をしているの。相手は、夜空に浮かぶ月の精。彼と再会するために、私は自分に付けられた(しるし)を見つけなくちゃ!

「……痛い。痛すぎるでしょ、これ」

 思わず頭を抱えて、低く呟いた。
 自宅の洗面所、鏡に映るのは真っ裸の自分。うん。この光景も十分痛い。

 結局あの後、暗月の言う印がどんなものだかわからずに、私はすごすごと一人暮らしのマンションに帰った。そして洗面所に立てこもり、服を脱ぎ捨て照明の下でやったのが、印探し。以来それは、毎日続いている。
 指の先から手の甲、手のひら、腕、肩、首、顔、胸、腹、太腿、ふくらはぎに足先と、見ることのできる範囲は全部つぶさに見たし、見ることの出来ない部位は鏡使ってなんとか見た。
 が、見つからない。というか、正直よく分からない。

 印って、一体なんなのよ? 

 なんか家紋とか紋章みたいなのが体のどこかに刻まれているのかなー? と思ってドキドキしながら探したけれど、んなもんは私の体のどこにも無かった。
 このホクロが実は……! とかって可能性にかけて、腕のホクロに囁きかけてみたけど、その声が虚しく部屋に響くだけだった。
 あと、月の光を浴びると、体のどこかが光るのかもしれない! って思いついて、夜の公園で月光浴してみたけど、何一つ光らなかった。当たり前か。
 私は毎日、自分の黒歴史を更新している。己の愚行の一つ一つを振り返ると、うぎゃあ、とかうわぁと叫びたくなるほど恥ずかしい。ファンタジーの世界の住人に恋をして、あるのだか分からない印を探して右往左往して。あと二年で三十路突入の成人女性が……! あ痛たたたた……。

 ちなみに飯島さんとは、当たらず触らずの関係に戻っている。元々、隣の部署の人で、業務の擦り合わせミーティングで会うくらい。これが月一回で、あとはたまに廊下ですれちがう程度。飯島さんは何も言わずに微笑むだけで、それを見る度になんだか申し訳無い気持ちになった。

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