寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
十八
「あなたは誰?」

 閉店後のミリア亭に入って来た、わたしの本名を知るローブの男。まさか別れたあの人……ううん、体型も身長も違うわ。頭の中でいくら考えても男性のことはわからず、困惑して体が固まる。

 もう一度聞こうとした時、ナサが口を開いた。

「リイーヤだと、お前は誰だ?」

 カウンター席から立ち上がり、高い身長で男を見下ろした、みんなもこの男に飛びかかりそうだ。そんな緊迫した雰囲気を破ったのはローブの男だった。

「あれ、気付かない? 僕だよ」

 男はおもむろに被っていたローブのフードを取った。その下からは短く揃えられた白銀の髪、切れ長なブルーの瞳の男性が現れた。

わたしと同じ髪と瞳……まさか。

「あなた、アトールなの?」

「そうだよ、リイーヤ姉さん。お久しぶりだね」

 笑った顔は変わってい。わたしの二つ下の弟アトール。結婚式以来、二年半以上も会わないうちにわたしよりも低かった、身長は伸びて体付きも大きく変わっていた。

 みんなはローブの男がわたしの弟だとわかると、臨戦態勢をといた。

「会わないうちにかなり身長が伸びたわね。体付きも大きくなった」

「毎日、父上と兄上、騎士団で扱かれているから、姉さんは僕よりも小さくなって、少し痩せたかな?」

 アトールはわたしを見て痩せたと言った、それにそばにいたナサは"プッ"と吹きだす。

「ナ、ナサ!」
「悪い、悪い」

「出会った頃はいまよりも痩せていたでしょう? まあ、いまはふっくらしたかもしれないけど……」

 半年前、ガレーン国に来たときは今よりも痩せていた。いまはミリアの美味しいご飯で徐々にだけど、元の体型に戻りつつある。屋敷に住んでいた頃は毎日、学園、家で基礎体力作りと剣の稽古を兄と弟と一緒に行っていたから、いまより筋肉質だったはず。
 
「なんだい、その色男はリーヤの弟だったのか」

 料理の手を止めてミリアが話しかけてきた。
 
「アトール、いまお世話になっている、ミリア亭の店主のミリアさん」

「僕はこう……いや、リイーヤ姉さんの弟のアトールと言います。いつも姉がお世話になっています」

 アトールはわたしの事を考えたのか、家名を言わず名前だけを伝えて、ミリアに胸に手を当てて騎士の挨拶をした。

「よく出来た弟じゃないか、アトール君お腹すいてない? ここは見ての通り定食屋なんだ、何か食べていくかい?」

 ミリアの誘いに"え、自分はその……"アトールは躊躇する。そうだ、せっかく会えたのだし。

「アトール、わたしが作ったハンバーグ食べてみる?」

「ね、姉さんが作ったハンバーグを作ったの?」

「そうよ、食べてみる?」
「うん、食べたい!」

 素直に頷くアトールに。

「すぐに出来るから、好きな所に座ってて待ってて」
「わかった、姉さん」

 アトールは腰の剣を抜きカウンター席に座り、一個開けた隣にナサが座った。

 ナサは体を伸ばして厨房を覗き。

「リーヤ、俺にも何かない?」

「ナサ、もう食べちゃったの? 足りないのだったら、もう一つハンバーグを食べる? それか、ミリアさんにお肉を焼いてもらう?」

「オレはハンバーグがいいけど、リーヤの分は? ちゃんと残ってるのか?」

「大丈夫、残ってるわ。わたしも作って一緒に食べようかな? ……ミリアさんも食べますか?」

 調理中のミリアにも声をかけた。

「ああ、食べるよ。食べ終わったら、夕飯の肉巻きお握りを作るから手伝いをよろしく」

「わかりました」

 みんなの夕食は肉巻きのおにぎりか楽しみ。ミリアの作る肉巻きお握りって、甘辛の味付けでお肉が柔らかくて美味しいのよね。

「リヤ、晩飯の肉巻きのお握り楽しみだね」
「うん。楽しみ! 楽しみ!」

 カヤとリヤも大好物みたい。

「ナサ、俺たちにもハンバーグ分けてくれ!」

「そうです、ナサばかり食べてずるいですよ。私にもリーヤ手作りのハンバーグが食べたい」

 分厚いお肉を食べ終わった、アサトとロカがそう言ってもナサはニカッと笑って。

「シッシシ、やだね」  

「ケチだなぁ、ナサ」
「ほんとそうです」

 アサトとロカの大きな声が店中に広がる。それを見ながらアトールは"姉さん見て"と、着ていたローブを脱いだ。

 ローブの下にアトールは鎧を身に付けていた。それはわたしの故郷リルガルド国の紋章が入った鎧だった。

 騒いでいたみんなは、その紋章を見て目を大きくする。わたしも驚きアトールに言った。

「ダメよ、アトール! ここはリルガルドとは違う国よ」

 ガレーン国はわたしたちのリルガルド国とは比べものにならない大国。騎士団、魔法騎士団など多くの騎士を所有する大国。冒険者ギルドには強者な冒険者もいて、各国に出向き、魔物討伐を行っているとも聞いた。

「ごめん、少しだけ。このリルガルド国の鎧を、姉さんに見せたかったんだ。この鎧を覚えているよね?」

 わたしは頷く。

「ええ、覚えているわ。リルガルド騎士団に所属する者だけが身に付けることを許される白き鎧。騎士になりたい人達の憧れの鎧だわ」

 わたしも二年前にその鎧を着るはずだった。いまとなっては……ニ度と着ることができないリルガルド国の鎧。騎士団の象徴、盾と剣の紋章が鎧とマントに入っている。
 
「お兄様に引き続き、アトールもリルガルド国の騎士団に入団したのね。お父様とお母様は大喜びね」

 アトールは頷く。

「初めて父上に褒められたよ。僕は昨年、騎士団の入団試験に合格して、今年から騎士団員になりました。いまは第二番隊に所属し、王都の街を巡回警備しております」

 アトールは胸を張り"自分は二番隊に所属している"と言った。二番隊とは副団長が率いる魔法と剣を得意とする部隊。王城を、王族を守る一番隊とは違い王都の中を守る騎士。わたしは魔法があまり得意ではなかったけど、目指していた部隊だった。

「おめでとう、アトール。相当な実力と能力がないと合格ができない難関。そのリルガルド騎士団に入団するなんて凄いわ!」

「なんだよ、姉さんだってニ年前には……あ、いや……ありがとう姉さん」

 ニ年前ならわたしもその鎧を着られたと、アトールは言いたかったのかな。手を伸ばせば近くにあったものを、すべて投げ出したのはわたし自身……たやすく後悔しているなんて言えない。

「頑張ってね、アトール」
「ああ、頑張るよ」
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