寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
 ガーレン国に来て"ミリヤさん"に出会えてよかった。

 半年前ーー北区に来てすぐに家を見つけたわたしは、働く所を探していた。中央区の商店街で"北区に住んでいます"と言うだけで何故か断られた。

『北区? そういうとこに住んでいちゃ、獣人臭くて商売あがったりだよ』
『………』

『ごめんね、うちじゃ雇えないよ』
『……はい』

 世の中はこんなにも冷たい……疲れはてたわたしの前に『【賄い付き・アルバイト求む】』北区にあるミリア亭という定食屋の窓に貼られていた。わたしは賄い付きにひかれて準備中のミリア亭の扉を開いた。

 カランコロンと真鍮製のドアベルが鳴る。

『すみません』

 魔石ランプが吊り下がり店の中を照らしていた。中はカウンター席とソファー席、二十人くらい入れば満席になりそうなレトロな作りのミリア亭。ここの店主はわたしの声を聞き、白いエプロンを付けた茶色い髪と瞳の優しい印象の女性が奥から出てきた。

『店はまだ開店前で開いていないよ』

『あ、あの、わたし、店の前の張り紙を見てきました、ここで雇ってはいただけませんか?』

 そう伝えたわたしに店主はこう返した。

『ふぅん、やる気はあるなら雇ってもいいけど。まあ、今日一日のあんたの働きを見てからだね。無理そうだったら早めにいいなよ。私は店の名前と同じミリア、あんたの名前は?』

『わたしの名前は…………リーヤと言います、よろしくお願いします』

『リーヤか、わかった。もうすぐ開店するからよろしくね』

『はい!』







 ミリア亭は十一時にオープンした。働き始めてミリアが言っていた意味はすぐにわかった……ここは亜人区、店に来るお客の殆どは亜人だった。

(盛り上がった筋肉、手が大きいわ……長い尻尾)

 ミリア亭のメニューは日替わり一品で、注文を取らなくてもよくて助かった。ミリアが調理してわたしがテーブルまで運ぶ。

 しかし、殆どの常連のお客は慣れていて自分でお冷とおしぼりを取りに来るし、料理が出来たらカウンターにも取りに来る、もちろん食べ終わったらトレーと代金をカウンターに置いて帰っていった。

『ごちそうさま、ミリア』

『あいよ! またおいで』

『あ、ありがとうございました』
 
 お客はわたしを見て『新しい子?』と聞いてくる。わたしが『そうです』と答えると"頑張りな"と言ってくれた。わたしは嬉しくて『はい、ありがとうございます』と返事を返した。

(よかった、優しい人ばかりだわ)

 そういう様子のわたしを見ていたミリアは『あんた、珍しいね』厨房の流し台で洗い物をするわたしにそう言った。

『え、珍しいですか?』

『綺麗な外見してるから、店に来るお客を見て直ぐに悲鳴を上げるか、泣き出すかと思ったよ』

 と、ミリアは笑った。

『初めは、驚きましたけど……お客さんはみんな優しい方ばかりでした』

『そうだろ? あいつらはみんな優しいんだ。それなのに中央区や他の区の連中はあいつらは嫌がる。この王都を……北区の門を守るのに必死に戦っているのにな……貴族達はまだ亜人達を下に見てるんだよ。私からしたら外見は違うけどみんな同じさぁ』

 と、ミリアは眉をひそめた。

 その話はわたしにもわかる。
 騎士学園の同級生に獣人が何人かいた。彼らは話してみると楽しくってみんな優しかった。彼らは周りの目を、冷たい言葉を気にせず、学園卒業後は自分たちの国へと戻っていった。

 カランコロンと、最後のお客も帰り、あとは後片付けが済めば、店を閉めて終わりだと思っていた。

 だけど、ミリアは店の時計を見上げて、

『そろそろ、来る時間だな』

 それだけ言うと店の食料保管庫に入っていった。
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