寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
 今日も閉店間近にカランコロンとドアベルが鳴る。

「気まぐれ二つ」
「リーヤ、お腹すいた!」

「いらっしゃいませ、ワカさん、セト君。いま用意しますね」

 わたしの"気まぐれ定食"を食べに来てくれた。食後のコーヒーを運んだ後、ワカに感想を聞くのが日課になっている。

「ワカさん、どうでした?」

 今日のメニューはオムライスとカボチャのスープだ。彼はコーヒーを一口飲み渋い顔を浮かべた。これは注意点を言うときのワカの表情だ、何か失敗したんだとわたしは緊張した。

「リーヤ、チキンライスの味が薄い。みじん切りにした野菜の水分が抜けるまで炒めてないね。味見して、それでも味が薄かったら、塩胡椒、ケチャップかソースを大さじ一杯加えるか、コンソメを入れるといいよ。後、卵も焼き過ぎて硬いかな」

「……はい」

 ワカはお世辞を言わずに的確な指示をくれるので、料理の勉強にもなって助かっている。わたしはメモ帳を取り出して、ワカの言ったことをメモった。

「しっかり野菜を炒めなかったから、水分が飛んでなかったんだ……これから気を付けます」

「でも、前よりはいいよ」
「そう、前よりはいい」

 と、お父さんの口真似をするセア、彼の耳と尻尾が揺れた。モフモフなナサとアサトには出来ないから、ついついセアの頭を撫でてしまう。

「リーヤ、僕を撫でるなって、いつも言ってる」
「ごめん、つい可愛くって」

「僕、可愛いの? ふうーん。じゃー、いいよ」

 二人が帰るまでセアはモフモフな頭を撫でさせてくれた。





 ワカ達が帰り店の札を"close"に変えて厨房で流し台でお皿を洗っていた。そこに封筒を持ったミリアがいつもと違う服装でやって来る、何処かに出かけるようだ。

「リーヤ、いまから南区の叔母の家に書類を届けに行ってくる。私が帰る前にアサト達が来たらすぐ戻るって言って」

「わかりました、ミリアさん」
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けて、行ってらっしゃい」

 わたしはミリヤを見送ると、厨房で残りの洗い物を始めた。店の時計が鳴る時刻は午後二時。休憩中の札を出した店に、北区を夜な夜な危険な魔物から守ってくれる、亜人隊のみんなが来る。

 カランコロンとドアベルを鳴らして、店に入りボフッとナサはトラの姿に戻る。その後をリザードマンのロカさんと竜人のカヤとリヤが続いた。
 
 みんなは入り口に武器を置くと、各々好きな場所にと座り、決まって彼らはこう言うんだ。

「ミリアさん、私はミディアムステーキ」
「俺はレアステーキ、飯!」
「僕はよく焼けた肉!」
「僕もよく焼けた肉!」

 いつもの様にみんなが注文し始めた。わたしは洗い物を途中で止めて、厨房からみんなに伝えた。
 
「ごめんね、ミリアさん。南区に用事で出ててお肉は待ってて欲しいの。わたしも洗い物すぐに終わらせるから!」

 カウンター席から、奥の流し台で洗い物をする、わたしの姿が見えたのだろう。

「慌てるな、急いでないからゆっくり洗えばいい」

「ありがとう、ナサ。もう少し待ってね」
「いくらでも待ちますよ。うむ。洗い物をする後ろ姿も良いものですね」
「あーロカ、リーヤのお尻見てる」
「リーヤのお尻見てた)

 リヤとカヤのお尻発言に驚き、手元が狂いガチャンとお皿が鳴る。

「おい、ロカ、リヤとカヤも変なこと言うな」
「なんですか? あなたもリーヤのお尻を見ていたでしょう」
「見てねぇ。オレはリーヤの背中を見ていただけだ」

「ここは素直になりましょう。見ていましたよね、リーヤのお尻を」

「見てた、見てた!」
「ボクも見てるよ、リーヤのお尻」

「ちょっと、カヤ君、リヤ君まで言わないで」

 わたしの後ろで楽しく話すのはいいけど、お尻は恥ずかしいからやめてほしい。洗い物を済ませて厨房から出ると、みんなをまとめる隊長の姿が見当たらない。

「あれっ、アサトさんはいないの?」
「アサト隊長は宿舎でお昼寝中です」

「お昼寝中?」

 そうだよー、とカウンター席のリヤとカヤが頷いた。

「シッシシ、そうだ。アサトは昼寝中だ」

 シッシシと癖のある笑い方でナサも笑った。
< 6 / 99 >

この作品をシェア

pagetop