甘い支配の始まり《マンガ原作賞優秀作品》
「優しいよ?口調だけ優しい人よりいいでしょ?口ではうまく言う人って…たくさんいるんだね…それに気づいたから…私だって壱さんを見てる。警戒心と不信感を持って見てるけど…いつも優しい、壱さんは」
さすが誠…酒もプロだが、相手に話をさせる空気作りがうまい。
「そうか、そりゃ良かった。で…紫乃ちゃん俺はまこちゃんで壱は壱って呼んでみ?」
「…壱?」
「おお、その方がしっくりくる。これから壱な」
「うん…まこちゃんと壱…真麻ちゃんは会える?」
「今度、近々な。約束」
さりげなく指切りしているのは即刻切りに行きたいが、紫乃の気持ちを聞き出したことと、彼女が壱と呼ぶように仕向けた誠の功績を讃えてさせてやる。
もう一度トイレに行く紫乃に
「気分悪い?」
と聞くが
「大丈夫」
と返ってくる。彼女が扉の向こうへ消えトイレのドアが閉まる音がすると
「誠、サンキュ」
「ああ…壱、もうしばらく慎重に攻めろよ。まだ手出すな…今は逃げられるぞ」
「わかってる。警戒心と不信感を持って見てるって進行形だったからな」
「お前に忍耐力がついたなんて、兄ちゃん泣く」
「俺の方が年上」
「1ヶ月な」
誠とグラスをコツンと合わせて、俺たちも水を飲んだ。