甘い支配の始まり《マンガ原作賞優秀作品》







夜の焼き肉でも、紫乃は可愛らしさを発揮した。注文する際に

「一番高いお肉をお願いします」

と、いつもなら絶対に言わないことを店員へ言う。今朝の可愛らしい仕返しだと気づき、紫乃のイタズラな可愛らしい顔を店員に見るなと言いかけたのを飲み込む。店員が俺を見るので頷くと、慌てて紫乃が

「えっ…いいの?」

と小さく俺に聞く。店員に聞こえているが、彼は高級店らしく余裕の微笑みを携えて微動だにせず俺たちを待つ。

「いい」
「高そうだよ?」
「うまそうと言ってくれ。うまい肉を楽しめばいい」

紫乃はコクコクと機械的に頷き、他の注文も聞き終えた店員が離れると

「壱、意地悪してごめんなさい」
「可愛らしい意地悪だな。紫乃の意地悪なら大歓迎だ」
「明日からもやし生活しようね」

と至極真面目に言う紫乃は、やっぱりその表情も言葉も、その音色も可愛らしい。
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