愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 リヒトシュライフェの王都フォルモントには、王立の芸術院をはじめ、数多くの芸術家養成施設や工房が存在している。
 そのため、都民は皆、芸術に理解を示し、また興味を持ってもいる。

 優れた芸術家の情報は、(またた)く間に都中に広まり、人々はその作品について、芸術論議に花を咲かせる。
 だから、王立芸術院を伝説的な成績で卒業し、今も、王子でありながら大陸で五本の指に入る吟遊詩人と(うた)われるレグルスのことを、知らぬ者がいるはずがないのだ。

「それにしても、冷たいですわね、レグルス様。都民に気づかれなければ、そのまま王宮を素通りして、行ってしまわれるおつもりでしたの?」
「う~ん。君やウィレスだけに、こっそり会って帰るならともかく……苦手なんだよなぁ。歓迎式典とか、パーティーとか、そういうの」

「あら。この間、ラティエラの王城で開かれたパーティーに、何食わぬ顔で吟遊詩人として出席されたと(うかが)ってますけど?」
「いや、ほら、それは王子としてじゃなく、あくまで吟遊詩人としてだから。堅苦しい礼儀作法とか、(えら)い方々への挨拶(あいさつ)回りとかもしなくて良かったし」

「お前は、いつまでそうやって、ふらふらしている気なのだ、レグルス」
 いつの間に来ていたのか、ウィレスが後ろからレグルスの襟首(えりくび)(つか)み、引っ張った。

「おお、ウィレス!久しぶり!相変(あいか)わらずのもさもさ頭だなぁ。たまには切ればいいのに」
「人のことが言えた格好か。来い。少しはまともな格好に着替えろ。お前のような不審人物が内殿をうろついていたのでは、衛兵達の迷惑だ」

「えぇ~?(うるわ)しのシャーリィ姫と久々に会えたっていうのに、もうお別れしなきゃいけないって言うのか?せめてもう少し……」
「……同じことを二度言わせたいのか?」
 ウィレスの(おど)すような低い声に、レグルスは途端(とたん)にしおらしくなる。

 お調子者で始終ふざけてばかりの彼も、唯一ウィレスにだけは逆らえない。上の兄弟のいない彼にとって、一つ年上のウィレスは、初めてできた兄的存在でもあるのだ。

「……はい。すみません」
「最初から素直に謝っておけば良いものを。……すまないな、シャーリィ。迷惑をかけた」
「いいえ。楽しかったわ。お着替えがお()みになられたら、またお話しましょう、レグルス様」

 シャーリィの声に、レグルスはウィレスに引きずられるようにして歩きながら、ひらひらと手を振ってみせた。
< 55 / 147 >

この作品をシェア

pagetop