愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 スカートを(ひるがえ)し、ステップを踏みながら、シャーリィは内心舌を巻く。

 どんな授業にも真剣に取り組むウィレスのことだから、ダンスもある程度上手いことは予想できた。
 だがその腕前は、シャーリィの予想を遥かに超えている。まるでダンスの手本を見せられてでもいるかのような、完璧な動作。

「ダンス、お上手なんですね。どなたに習ったのですか?」
 黙ったままというのも変に思われるかと、話しかけてみる。途端(とたん)に、ウィレスはうろたえたように瞳を泳がせた。

「あ……う……その……」
 ウィレスのダンスの師は、王家の子女にしか教え子を持たぬ人物だ。言えば簡単に身元が割れる。

 元々嘘をつくのが得意でないウィレスは、しどろもどろで上手い言い訳を口にすることすらできない。シャーリィは思わずくすりと笑った。

「宮廷では、あまり見かけないお顔ですけれど、今日はどちらからいらっしゃったの?」
「それは……その、王都の中心の方から」

 いつも冷静沈着に見える兄。それが、妹がわざと繰り出す意地の悪い質問にたじろぐ。
 その姿が、シャーリィには新鮮で、おかしくて(たま)らなかった。

(お兄様ったら、嘘をつくのがこんなに下手なのに、私を(だま)そうなんて。無謀なんだから)

 音楽は終盤に差し掛かる。ふと視線を感じて周囲を見渡せば、ダンスの相手を待つ貴婦人達が、皆、ウィレスに熱い眼差しを向けていた。
 普段のウィレスならば、考えられぬ光景だ。シャーリィはこっそり胸を張る。

(皆、見る目が無いんだから。私には最初から分かっていたわ。お兄様は、着飾れば宮廷の誰よりも素敵になれるって)
 ウィレスのリードで踊るシャーリィの顔には、心から楽しげな笑みが浮かんでいた。

 だが、そんなシャーリィを見つめるウィレスの表情は、彼女とはまるで真逆。

 しかし、自慢の兄が宮廷の貴婦人達に認められた喜びで胸がいっぱいのシャーリィは、そんな彼の表情にまるで気づかなかった。
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