親にも妹にも婚約者にも夫にも恵まれなかった私ですが、公爵家令息に溺愛されて幸せになるようですよ?


「えっ、私?」
「そうですよ、美しい方」

 そう言って手を差し出してくれたのは、銀髪に淡い紫色の瞳が印象的な、すらっとしたシルエットの男性。
 彼は、隣国から親類を頼ってうちの国に来ていた、ヒトデナシー=ヒッキョウ卿。ヒッキョウ伯爵家の三男とのことです。

「私は三男ですからね。国を跨いでの商人を目指そうと思っているんです」
「事業を営まれているんですの?」
「ええ。うちの国は様々な果物が売りですが、その加工技術はまだまだ未熟なのです。その辺りに他国から引き抜いてきた技術者を投入して、こうして成果物を販売に来ているのですよ」

 彼の事業の話はとても面白いものでした。
 販売ルート開拓のためのコネクション作りや、様々な国の社交パーティーの特色などを面白おかしく聴かせてくれます。

 パーティーも終わり、私を馬車まで送り届けてくれた彼は、私にこんな申出をしてきました。

「ギセイシャー侯爵令嬢。ぜひまた、お会いしていただけませんか?」
「……でも、あの」
「あなたは美しいだけではなく、知的でユーモアもある。もっとお話しする機会をいただきたいです」
「は、はい」

 初めてまともに口説かれた私は、返事をした後慌てて馬車に乗り込みました。
 首から上に熱が集まって、脳がうまく働きません。
 私、どうしてしまったんでしょう。


「お嬢は恋をしたんじゃないかな」

 あれから彼と何度かお会いしている私に、青髪の従者はそんなことを言ってきます。

「……それは、どうかしら」
「口説かれて嬉しかったんだろ?」
「それは、まあそうね。誰だって褒められたら嬉しいでしょう?」
「そいつに褒められるのが一番嬉しいって思ったら、それが恋だよ」

 その人に誉められるのが、一番嬉しい?

「それって、チルチルなんだけど」
「ゲホッ!?」

 チェレスティーロが何も飲んでいないのに急に咳き込みます。
 どうしたのかしら。

「その理屈、おかしいわ。だってそうしたら、私がチルチルに恋してるってことじゃない」
「お、お嬢何言ってんの」
「チルチルに誉められるのが一番嬉しいの。もっと沢山誉めていいのよ?」

 上目遣いでおねだりすると、真っ赤なほっぺの従者が口元を押さえながら、なんだか悔しそうな顔をしつつ私を見てきます。

「お嬢は本当に残酷な女だよ」
「うん?」
「俺のことはいいからさ。お嬢は奴と結婚するんだろ? この間、プロポーズされたんだっけ」

 私は、ヒトデナシー卿のことを思い浮かべつつ、目線を下げます。

「……悪い人じゃないの。話をしていても、知的な方だと思うし」
「そっか」

 チルチルは少し寂しそうな顔をしながら、私の頭をくしゃくしゃに撫でます。

「お嬢、幸せになれよ」
「……」
「お、とうとう髪をくしゃくしゃにしても怒らなくなったのか」

 茶化してくるチルチルに、私はなんだか寂しくて、机を見つめたまま呟きます。

「チルチルになら、何をされてもいいの」
「ゴハッ!?」

 またしても咳き込み始めた従者に、私は首をかしげます。

「チルチル、さっきからどうしたの」
「きっついわ。えげつない。生殺し」
「?」
「いや、いいんだ。そういうことは、今度から旦那に言えよ」
「チルチルにしか言わない」

 駄々っ子みたいにむくれている私に、「お嬢はマリッジブルーなんだな」と、私の従者はカラカラと笑いました。


 そして、私は結婚式を挙げました。

 侯爵本人の結婚式ということで、それはそれは盛大なものになりました。

 ヒトデナシー卿は、悪い人ではありません。
 事業家としての腕のある彼となら、きっとこれから侯爵領を盛り上げていくことができるでしょう。


 そう思っていた新婚初夜の寝室。


 まあ、そうですわよね。
 分かってはいました。
 私の人生が恋愛的にうまくいくはずなんて、なかったのです。


「キャリー、最初に言っておくよ。私は生涯、君を愛することはない。私に愛を期待しないでほしい」


 それって、新婚初夜に言うことですの?



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