『私、チェレスティーロとだけは絶対に結婚したくありません』



 またしても、お嬢の言葉が頭を離れない。

 そっか。

 そっかぁ。

 俺じゃだめだったかぁ……。

 なんていうか、特に根拠もなく、いける気がしてたんだよなぁ……。


 元々、今日の求婚が断られた場合、俺は侯爵家を出て行くことにしていた。
 だから、既に荷造りはしてある。
 お嬢に振られ次第、辞表を出して、適当に街に宿を取って、そのまま行きたいところに行って、気に入った街に定住して……。

 でも、まさか求婚するまでもなく振られるとは思ってもいなかった。
 どうするかなぁ……。
 お嬢は俺と絶対に結婚したくないんだから、無駄に求婚して傷つくこともないんじゃないか。
 でもなあ、長年積み重ねた気持ちを伝えるって決意した手前、何も言わずに出て行くのも情けない話だよな。
 侯爵夫妻にも、求婚するって宣言しちゃったしなー……。


「にーちゃん、何やってんの?」


 ふと気がつくと、ボールを持った5歳くらいの男の子が、俺に向かって話しかけていた。

 どうやら俺は、お嬢の言葉を聞いた後、ふらふらと近くの河原までやってきて、芝生の上に座ってぼーっと河を眺めていたらしい。
 侍従の制服で河原でぼんやりしている俺は、5歳児の目にはさぞかし奇妙に映ったのだろう。

 俺は苦笑しながら、男の子に返事をする。

「なーんにも。考えることをサボってるんだ」
「悪いやつだ! かーちゃんに言いつけてやろ」
「そうだなー、悪いやつかもなぁ」
「何やってんのー。あ、すごーい、青い髪だぁ」

 河原で遊んでいた子ども達が、なぜだかワラワラと俺の方に酔ってくる。
 そういえば、この国では青い髪は珍しくて、幸運の象徴とされているんだったか。

 ミチルじーちゃんが死んだ時に、確かオロカーノがそんなことを言いながら、俺をそのまま雇い続けていた。
 じーちゃんが死んだ後もお嬢の傍にいられたことは、俺にとってラッキーなことだった。
 幸運の青い髪ね……。

 子ども達に好き勝手に頭をわしゃわしゃにされながら、ふと最初に声をかけてきた男の子に声をかけた。

「ほらボーズ。そのボール、貸してみろ」
「えー、悪い奴には貸さない」
「お兄さんはいいお兄さんだよ」
「いいお兄さんはそんなこと言わねー!」

 なんだかんだ言いながら、男の子はボールを貸してくれたので、俺はそれを片手でヒョイ、と持ち上げると、人差し指を立ててその上でくるくると回転させた。

 ワッと子ども達から歓声が上がる。

「すげー! どうやってんの、ずるい!」
「くるくる! 私もやる!」
「やり方! なあ、やり方教えろって!」

 騒ぐ子ども達の様子は、ありし日のお嬢にそっくりだった。

『ねえ、やり方教えて! 私もやる! 早く!』

 そう言って急かすお嬢の笑顔を思い出して、俺は頬を緩める。

 そうして騒ぐ子ども達にやり方を教えていると、ようやく親達が走り寄ってきた。
 お、変質者扱いされるかな? 大丈夫か?

「うちの子がすみません、せっかくの青い髪が……」

 どうやら、鏡がないので分からないが、俺の頭は相当ぐちゃぐちゃに弄ばれたらしい。
 親達が一目見て恐縮するぐらいなので、結構酷い状態なのだろう。

 子どものやったことですからと言いながら、俺は河原を離れる。


 子ども達の笑顔を見て、ようやく俺は思い出した。

 そうだ、俺はお嬢にずっと笑顔でいてほしいから、求婚しようと思っていたんだ。

 俺が何も言わずに出ていったら、お嬢はきっと怒るだろう。
 お嬢を笑顔にしたいのに、怒らせてどうする。
 お別れをするにしても、ちゃんと挨拶をして、お互いの未来を思いながら笑顔で別れるべきじゃないのか。

 それにお嬢は、婚約や結婚に関して、ずっと周りに一方的に振り回されてきた。
 ナルシストもナサケナシーもヒトデナシーも、お嬢の気持ちを勝手に解釈し、お嬢の話を聞くこともなく、一方的に自分の思いをお嬢に押し付けていた。


 俺一人ぐらいは、お嬢の気持ちを真正面から聞いて、ちゃんと選ばせてあげたい。
 そうじゃないと、お嬢が可哀想じゃないか。


 俺が真正面から振られて辛い思いをするぐらいなんだ。

 お嬢は俺なんかより、ずっとずっと辛い思いをしてきたんだ。


 ――ちゃんと気持ちを伝えて、お別れをしよう。


 そう思った俺は、足早にお嬢のいる侯爵家に戻ったのだった。