夜になり、私は頰を冷やしながら、自室に彼を呼びます。

「チルチル」
「はい、お嬢様」

 青い髪の彼、チルチル――チェレスティーロは、先代執事の孫です。

 彼は私より2歳年上なだけの子どもですが、幼くして父母が流行病で亡くなったため、先代執事の元、私の侍従の一人として働いていました。
 先代執事は高齢で今はもう亡くなっていますが、他に身寄りもないので、そのまま勤務を続けているのです。

 ちなみに、あの三人に虐げられる私を助けてくれていたのは先代執事だったのですが、先代執事が亡くなった後はチルチルが私を助けてくれていました。
 クソ親父達の監視を掻い潜り、私に食事を与えたり、証拠の映像記録を取りながらお祖父様達に連絡をしてくれていたのです。

「よくやったわ、チルチル」
「お嬢様のお力になることが、私の生き甲斐ですから」
「またそんなこと言って、調子がいいんだから」

 私がチルチルの顔を覗き込むと、チルチルはしばらく鉄面皮を維持していましたが、結局お腹を抱えて笑い出してしまいました。

「嘘じゃねーよ、生き甲斐だよ! いやー面白いもの見させてもらった!」
「酷い顔してたわねー、あの人達!」

 私とチルチルは、お腹が痙攣するまで笑い転げて、ぶどうの果実水とチーズで祝杯をあげました。
 机の上には、去年亡くなった先代執事のミッチェーロの写真。

 今回の顛末は、亡くなった先代執事のミッチェーロ……もといミチル爺ちゃんの計画によるものでした。
 私達は実行しただけ。
 ミチル爺ちゃんに結末を見せられなかったことが悔やまれます。

 「爺ちゃん、やったよー」と私が写真に向かって乾杯していると、チルチルは私の腫れた頬をみて、痛ましげに呟きました。

「それ、痛そうだな」
「痛いもの」
「お嬢、ちょっとは避けろよ」
「私に避けられる訳ないでしょ?」
「ああ、うん。まあそうか……」

 私は生粋の運動音痴なのです。
 社交ダンスは貴族の嗜みとしてなんとかこなしていますが、反射神経はお母様のお腹の中に置き忘れてきたようなのです。

「お嬢が殴られたとき、思わずあの親父を殴りに出て行きそうになったわ」
「ちょっとやめてよ。隠し撮りが台無しになるじゃない」
「お嬢は自分の体を大事にしなさすぎ」
「私は今の私の体より、未来の私を大事にしたのよ」

 そう言って、私は果実水をくいっとあおる。
 うう、頬が痛い。
 痛み止め、あんまり効かないわね。
 早くお酒、飲めるようにならないかしら。

「未来といえばさ、お嬢はこれからどうするんだ?」
「んー、まああれね、貴族学園に通うんでしょうね」
「そこで婿を見つけるってか? あーでも、その前にお嬢は婚約破棄しないとだな」
「そうそう。例のもの、もう送ってくれた?」
「ああ、バッチリ。この国のだけだと心配だから、複製して隣国5ヶ国に送っといた」
「ありがとう! これできっとうまくいくわね」

 私はウキウキと心を躍らせながらチーズを頬張ります。

「これからもっと楽しくなるわよ」
「本当に、お嬢は怖い女だよ」

 彼の言葉に、私はとびきりの笑顔で、彼の口にもチーズを放り込んだのでした。